植物にも意識があるという神話:3. 膜電位と電気信号は、植物と動物の間で、意識を生み出す形で共通している。

植物にも意識があるという神話:3. 膜電位と電気信号は、植物と動物の間で、意識を生み出す形で共通している。

■はじめに

これは、植物にも意識があるという神話への反証を与える論文『Debunking a myth: plant consciousness(植物の意識という神話への反証)』の内容を要約したものの一部である。

論文では、植物の意識を支持する側が持ち出す12の主張がリストアップされ、その1つ1つに対し、なぜそれが間違いであるのかが示されるが、本ページは、その中の3つ目の主張『膜電位と電気信号は、植物と動物の間で、意識を生み出す形で共通している』に対する反論部分の要約を扱う。

引用文中の参考文献については、元論文のReferencesをあたってほしい。 論文自体の概要や、他の主張に関しては『植物の意識という神話への反証』を参照。

■主張3:植物にも意識があるという神話:3. 膜電位と電気信号は、植物と動物の間で、意識を生み出す形で共通している。

植物細胞の膜には電位があり、その揺動が伝播することにより、体内の別の部位における事象が誘導される。 植物の意識の支持者は、これと動物の神経細胞における電気信号との類似性を主張する。

これに対する反論も、単純に、動物と植物の間に彼らの言うような電気化学的類似性は存在しない、ということである。 その理由として、次のような説明がなされる(いくつかの用語の意味については以下の補足を参照):

  • 植物内での電気活動は、水素イオン(H+)の輸送に駆動されるのに対し、動物における電気活動は、ナトリウムイオン(Na+)の輸送に駆動される。
  • Nernst-Planck方程式に含まれる電気化学的勾配の内訳が、動物細胞と植物細胞では全く異なっている:植物の場合、H+-ATPアーゼで生成される自由エネルギーのうち、50から70%が電位差に、残りがpH(水素濃度)勾配に利用される一方で、動物細胞の場合、Na+/K+-ATPアーゼで生成される自由エネルギーの90%が、イオンの濃度勾配に利用される。
●補足:神経細胞の構造と電気化学的性質

動物が持つ神経細胞(ニューロン)は、細胞体と、そこから伸び出るいくつもの突起からなる。 突起には2種類あり、1つは信号の送り手となる軸索、もう1つは信号の受け手となる樹状突起である。 軸索の末端は、わずかな隙間を挟んで他の神経細胞の樹状突起と接している。 この構造をシナプスという

神経の細胞は、膜の外側でNa+濃度が約10倍が高く、内側ではK+濃度が約20倍が高い。 これらのイオンの濃度差により、細胞膜の内側と外側では大きな電位差が生じ、興奮(以下参照)のない静止状態において膜の内側では負の電位が維持されている(分極している)。 この電位を静止膜電位という。

静止膜電位を生み出し維持しているのは、電気化学的勾配(濃度と電位の空間的な差)に逆らってNa+を細胞外に送り出すと同時に、K+を細胞内に送り込むNa+-K+結合ポンプあるいNa+/K+-ATPアーゼと呼ばれる構造である。

一方、植物や菌類では、細胞内部からH+を送り出すH+-ATPアーゼによって静止膜電位が維持される。

神経細胞では、軸索が刺激を受けると、Na+チャネルと呼ばれるNa+を選択的に通すチャネル(抜け穴)が開き、上述の膜をまたいだ濃度勾配に従ってNa+が細胞内部に一気に流入し、膜内部の電位が正の側に変化する(脱分極する)。 その後、イオン濃度が調節されることにより、その部分の電位はすぐに静止電位に戻る。 この電位変化を活動電位といい、活動電位が生じることを興奮という。

刺激を受けた箇所が興奮し、活動電位が生じると、隣接部との電位差が生じて活動電流と呼ばれる電流が流れる。 この電流に刺激され、その隣接部にも興奮が起きる。 この繰り返しにより、隣接部に興奮の連鎖が伝わっていく。 これを興奮の伝導という。

金属中を電子が移動する電流とは異なり、この仕組みによる電気信号の伝播は抵抗の影響を受けないため、末端まで減衰することなく信号が伝わる。

一度興奮すると、しばらく刺激を受けても活動電位を発生しない不応期と呼ばれる時期がある。 そのため、伝わってきた活動電流が逆流することはない。

興奮を起こす最小の刺激の大きさがあり、それを閾値という。 また、刺激を受けて発生する活動電位の大きさは一定であり、刺激をより強くしたからと言って、活動電位が大きくなるわけではない。 興奮はあるかないかのどちらかであり、これを全か無かの法則という。

正の電荷を帯びたイオンの輸送は、濃度の高いところから低いところへ流れようとする性質(拡散)に加え、電位の高いところから低いところへ駆動される性質も持つため、正味のフラックス(単位時間に単位面積を通過する粒子数)は、それぞれの勾配によって生じるフラックスの和で決まる。 それを定量的に示すための方程式が、Nernst-Planck方程式である。

実はこの2種の勾配は、電気化学ポテンシャル、あるいは(単位物質量当たりの)Gibbsの自由エネルギーという単一の量の勾配(係数は除く)として表される。 したがって上の2つ目の説明は、自由エネルギーの勾配のうち分けが、動物細胞と植物細胞で全く異なっているということを述べている。

植物の意識の支持者らは、こうした具体的な性質はすべて無視しても、すべての細胞が生存のために膜を通過するイオンフラックスを調節しているという事実に注目し、この特性を「電気信号」と一緒くたにすることで、意識の証拠であると主張する。 これに対し著者らは

彼らは、動物のものを含む、情報の処理や統合には何の役割もない多くの非神経組織にも、制御されたイオンフラックスや(活動電位のような伝播する)電気信号が存在するという事実を無視している。 要するに、電気的活動の存在は、植物の意識を同定するための有用な基準ではないのである。

と指摘する。

他にも、植物意識に関する議論で焦点となる維管束陸上植物に当てはまる性質について、次のような相違点が指摘される。

●Ca2+の上昇

植物細胞は、動物細胞のようにNa+チャネルを持っておらず、活動電位は通常、Ca2+の流入によって開始されるが、その結果生じる全か無かの活動電位は、細胞質のCa2+の上昇と共に伝搬する。 しかし、こうした伝播するカルシウム上昇は、例えば脊椎動物の血管の平滑筋の収縮時など、動物の非神経系の機能においても生じる。 また、植物のCa2+波には、動物の神経細胞とは異なる複数の直接的な生理機能を持っている。 したがって活動電位がゆっくりとしたカルシウムの上昇と結びついていても、神経細胞のような情報処理を示しているということにはならない。

●活動電位の伝播速度と不応期の長さ

動物の活動電位の伝播速度は$0.5\sim 100{\rm ms^{-1}}$であるのに対し、植物の活動電位の場合、ハエトリグサなど一部の例外を除いて、$0.04\sim 0.6{\rm ms^{-1}}$とそれよりも遅く、活動電位の間の不応期も長い。

●活動電位の役割

植物の活動電位はK+イオンとCl-イオンの正味の流出を生むが、動物の活動電位は浸透圧的に中性であることから、植物の活動電位は浸透圧調整の機能を果たしていることが示唆される。 浸透圧調整の機能は、実際に気孔孔辺細胞において実証されている。 植物の活動電位がコミュニケーションではなく、浸透圧調整に起源を持つという考えは、陸上植物の姉妹グループである緑藻類で生じるという事実とも整合している。

●ポテンシャル揺動の均一さ

植物のポテンシャル(電位)揺動は、様々なイオンチャネルやポンプに基づいており、非常に多様であり、これらのシグナルは、植物内の場所(根、茎、シュートなど)、ライフサイクルにおけるステージ、分類学上のグループによっても異なる。 これは、動物の異なる組織ごとに、膜電位及び経上皮電位の作用が様々であることには類似する。 しかしこの類似性は、神経組織における特化した高速のポテンシャル揺動には当てはまらない。 神経信号は最適な速度、エネルギー有効性、情報伝達のために制約を受けており、植物細胞におけるポテンシャル揺動よりもはるかに均一である。

●グルタミン酸の役割

グルタミン酸とその受容体は、動物の神経伝達に重要な役割を果たしており、植物にもグルタミン酸受容体が存在するが、植物におけるグルタミン酸受容体の主な役割は、神経伝達に作用するのではなく、Ca2+のフラックスを媒介することであると考えられている。

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