ビーガンFAQ:家畜が絶滅してもいいの?

ビーガンFAQ:家畜が絶滅してもいいの?

By Kei Singleton
Last updated: 9 Aug. 2020

種全体の繁栄とかいうものは、進化的には意味をなさない概念にすぎない
―Richard Dawkins(1989)
もし進化の指令に従うことが、主観的なウェルビーイングの基盤であったなら、大半の男性は、日々地元の精子バンクに精子を提供することに勝る衝動を生涯感じることはないだろう。
―Steven Pinker(Sam Harris(2010)による要約)
家畜化された動物の大多数にとって、 農業革命は恐ろしい大惨事だったという印象は免れない。彼らの進化上の「成功」は無意味だ。絶滅の瀬戸際にある珍しい野生のサイのほうが、肉汁だっぷりのステーキを人間が得るために小さな箱に押し込められ、太らされて短い生涯を終える牛よりも、おそらく満足しているだろう。満足しているサイは、自分が絶滅を待つ数少ない生き残りだからといって、その満足感に水を差されるわけではない。そして、牛という種の数の上での成功は、 個々の牛が味わう苦しみにとっては、 何の慰めにもならない。
―Yuval Noah Harari(2014)

■はじめに

このページでは、『ビーガンFAQ - よくある質問と返答集』における、以下の問いに対する回答を提示する。

17.我々が食べなければ、そもそも家畜は存在/存続することができないのでは?
 ┗家畜の種の保存の本能を無視するのか?
 ┗家畜の絶滅は生物多様性の保護の理念に反するのでは?

■我々が食べなければ、そもそも家畜は存在/存続することができないのでは?


▶この問いは、動物個体が存在すること、あるいは、ある生物種が存続することは無条件に良いことであり、それに反する選択は間違いであるという認識に基づいているものとみなして話を進める。すると、この懸念に対しても複数指摘すべきことがある。

まず第一に、存在すること自体が動物個体にとって常に利益となるという考えに問題がある。そのことを明らかにするために、哲学者David Benatar(2006)は以下のように述べている:

肉を食べることを弁護する特に粗末な議論の一つは、人間が動物を食べなければ、彼らはそもそも存在を得ることができなかったというものだ。人間は、ただ単に彼らの数を増やすようなことはしなかっただろうということである。この主張は、それらの動物たちは殺されるけれども、そのコストよりも存在を得ることの利益の方が上回る、というものであるが、これは多くの理由でぞっとさせる議論である。まず、それらの動物たちの多くの一生はとても酷いものであり、もし[存在を得ることは常に危害であるという]私の議論を退けたとしても、依然として彼らは存在を得ることによって危害を被っていることを考えなければならない。次に、この議論を持ち出すものは、食べられるためだけに存在を与えられるということが、人間の赤ん坊にも容易に適用されることを見落としている。この場合には、食べ物とされるためだけに存在を与えられることに利益がないことは全く明らかだろう。この議論に何らかの効力があると考えられているのは、動物を殺すことが容認可能なものであると考えられているからに過ぎない。実際にはこの議論は、食べ物とするために動物を殺すことが容認可能であるという(誤った)見方に何かを付加するものではない。

他にも、奴隷として働かされるために人身売買目的で人間の子供を生みだす行為や、医学研究のために意図的に深刻な遺伝病とともに人間を生み出すという行為を考えてみると言い。「存在を得ることは利益である」という主張によって、これらの行為を正当化できると考えるものはまずいないだろう。このことはまた、畜産動物に限らず、少なくとも商業的に利用するために存在を与えられる全ての有感動物について言える。


▶ある生物種の保護を目的とする場合、その種に属する動物を搾取の対象としなければならない、という理由はない。他にいくらでも人道的な保護の方法がある。


┗家畜の種の保存の本能を無視するのか?

▶今度は、個体自身の存在ではなく、「種」というある種の集まりが何らかの価値を持つという見方に基づく問いである。

まず第一に指摘しておかなければいけないことは、「種の保存の本能」などというものは存在しないということだ。

この迷信は、利他行動の進化についての生物学的理解が浅かった時代に、例えば自分自身で生殖することなく姉妹の世話をすることに生涯を費やす不妊のワーカーと呼ばれる働きアリの観察などから、生物個体は自分の属する種の存続につながるような振る舞いをする傾向にあるという解釈に基づいて生まれたものである。

しかし、こうした振る舞いは、Hamiltonの血縁淘汰理論によって、より簡潔かつ明確に説明が与えられることがわかり、「種の保存の本能」という迷信は学術的には葬り去られた1(これらの事柄について最適な入門書はやはりDawkinsの『The selfish gene(利己的な遺伝子)』(1989)だろう)。

1. David Sloan Wilsonらによるある種の群淘汰復興の試みもあるが、彼らの理論も種の保存の本能といった迷信を支持するものではないし、かつ彼らの理論は、理論上はせいぜい血縁淘汰理論と等価であり、その場合も有用性の観点からして血縁淘汰理論に劣るという評価がなされている。例えば(West et al. 2007)参照。

また、自分が属する集団にとっての利益になるように振舞うことはあっても、ほとんどの動物が、厳密に「種」という集まりのために振舞うことはありないと言える別の理由も存在する。それは、種というのは人為的な分類であり、学術的にコンセンサスの得られた単一の定義すら存在していない概念だからというものである(Mayden 1997)。よってそれに基づいた本能的欲求が備え付けられているということもあり得ない。

それに、人類学者Holly Dunsworth(2016,2017)の研究によれば、性行為が生殖につながることを理解している動物種はホモ・サピエンスのみである。よって、動物たちが示す性行動は、性欲に駆られるものであって、「種の保存欲」や「子供を持つ欲」によってでは決してない2。いわゆる「母性」などは組み込まれた衝動かもしれないが、これも子供ができた後に、ホルモンの分泌などをきっかけとして生じるものであり、子作りに先行するものではない。動物の性行動を専門にする生物学者Mark Elgarによるエッセイ(Elgar 2015)も参照のこと(訳記事『母性本能と生物学:進化は子供ではなくセックスを望むことを保証している』)。

2. ちなみに、ホモ・サピエンス半数以上も、計画的な子づくりによってではなく、(レイプを含む)性行為によって偶発的に妊娠され、16%は中絶されることもなく意図せず生み出されている(Singh et al. 2009)

また、仮に母性や子供を持つ欲の衝動に駆られるとしても、以下で議論する乳牛の例のように、多くの場合彼らのその欲求が満たされることはない。

もちろん、Hamilton則についても、各動物個体がそれを意識して行動しているわけではない。しかし、彼らの本能的衝動を満たしたやるべきだ、というのであれば、人工授精などによる繁殖によって種に属する個体数を増やしたところで、彼らの欲求不満を解消することにはならない、ということである。

さらに言うなら、仮にそのような本能が存在したとしても、結論は変わらない。その理由は以下の通りだ。

1. 本能を満たすことがその個体自身の利益に基づいて必ずしも良いことになるとは限らない。

例えば生殖によって大きなダメージを受けたり、命さえ落とすことになる動物も存在する。ミツバチのオスは、交尾の後にオスの生殖器から腹部が引きちぎられ死んでしまう。ブチハイエナの場合は出産が命がけで、20%の割合で母親が死亡する。

ある個体の欲求を満たすための手段が、その個体にとって欲求を満たせないことよりも深刻な危害となるなら、その手段を選択すべき理由はなくなる。


2. 本能的欲求を満たすことが重要だと考えるなら、他の本能の充足についても同様に考慮する必要がある。

例えば家畜とされる動物たちの多くは、仲間とじゃれ合ったり、周囲を散策して運動したりする本能的行動の一切を阻害されている。こうした扱いの結果、彼らはストレスから様々な異常行動を取る(アニマルライツセンター 2019)。

また、乳牛は子供を生まれるとすぐに、親子が別々に引き離される。子牛は母牛の近くにいて、乳を飲みたいという欲求すら叶えられず、母牛も彼らの世話をすることも許されない。

そして何より、ほとんどの動物個体にとって最も重要な欲求である生存への渇望も叶えられない。

もし、彼らの本能的欲求を充足させることが重要だと本気で考えるのなら、消費によって動物搾取に加担するという選択は、明らかにそのための最善の方法ではない。


┗家畜の絶滅は生物多様性の保護の理念に反するのでは?

▶上の2つの問いに対する回答で述べたように、最も重要なのは個体の利害であり、生物多様性といった総体的な概念ではない。

しかし、それでも生物多様性の保護に熱心な人は、この事実を認識するだけでいい。すなわち、現在起こっている地球第六の大絶滅の主要原因は畜産である、という事実である。

例えばアマゾンの森林破壊の80%以上は牛の放牧が目的であり、それによって、それらの地域では過去50年で森林の15%がすでに失われている(Veiga 2002)。このままのペースで森林破壊が続けば、十年ごとに、地球上の全生物種の5%から10%が絶滅に至り、次の25年で、28,000種が絶滅すると予測されている(Rangel 2012, IUCN 2019)。

こうした事実から、地球物理学者Gidon Eshelはこう述べている:

若干空想的な言い方をすれば、あなたはステーキを食べることでマダガスカルのキツネザルを殺し、鶏肉を食べることでアマゾンのオウムを殺していると言える(Morell 2015)。

また、畜産は森林破壊だけなく、最も大きな人為的な温室効果ガス排出原因の一つでもあり、最新の報告1つではこう警告がなされている(Harwatt 2019):

もし畜産がこのままの通り継続されるならば、畜産だけで2030年までに平均気温上昇を1.5°Cに抑えるための排出バジェットの49%に相当する排出量を担うことになり、他の部門に現実的な、あるいは予定されているレベルを超える要求することになる。

言うまでもなく、気候変動は地球上の広範な動物種の存続に致命的な影響をすでにもたらしている。あなたが、生物多様性は誰かを拷問し殺害してまでも守らなければいけないものだと本気で信じているのなら、ビーガンになることと、ビーガンにならないという選択を続けること、その信念と辻褄の合う態度がどちらなのかは明らかだろう。畜産や漁業による環境への悪影響についてより詳しくは『全員がビーガンになったら持続不能では?』を参照。


■参考文献

  • アニマルライツセンター. (2019). OIE陸生動物衛生規約 第7.13章 アニマルウェルフェアと豚生産システム(日本語訳). url: https://www.hopeforanimals.org/pig/oie-pig-2/
  • Benatar, D. (2006). Better Never To Have Been: The Harm Of Coming Into Existence. Oxford University Press.
  • Dawkins, R. (1989). The selfish gene. Oxford: Oxford University Press.
    ――リチャード・ドーキンス. (1991). 利己的な遺伝子. 日高敏隆 他 訳, 紀伊國屋書.
  • Dunsworth, H. M. (2016). Do animals know where babies come from? Scientific American 314(1): 66-69.
  • Dunsworth, H. M. and Buchanan, A. (2017) . Sex makes babies. Aeon Magazine August 9, 2017.
  • Elger, M. (2015), Maternal instinct and biology: evolution ensures we want sex, not babies. The Conversation. url:https://theconversation.com/maternal-instinct-and-biology-evolution-ensures-we-want-sex-not-babies-46622
  • Harari, Y. N. (2014). Sapiens: A brief history of humankind. Random House.
    ―― (2016) サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福. 柴田裕之 訳. 河出書房新社.
  • Harris, S. (2011). The moral landscape: How science can determine human values. Simon and Schuster.
  • Harwatt, H., et al. (2019). Scientists call for renewed Paris pledges to transform agriculture. The Lancet Planetary Health. 4(1).
  • IUCN. (2017). IUCN red list of threatened species. Version, 2019.
  • Mayden, R. L. (1997). A hierarchy of species concepts: the denouement in the saga of the species problem. Chapman & Hall. pp.381–423
  • Morell, V. (2015). Meat-eaters may speed worldwide species extinction, study warns. Science. url: https://www.sciencemag.org/news/2015/08/meat-eaters-may-speed-worldwide-species-extinction-study-warns
  • Rangel, T. F. (2012). Amazonian extinction debts. Science, 337(6091), 162-163.
  • Singh, S. et al. (2009) Abortion worldwide: A decade of uneven progress. Guttmacher Institute: New York.
  • Veiga, J. B., Tourrand, J. F., Poccard-Chapuis, R., & Piketty, M. G. (2002). Cattle ranching in the amazon rainforest. In Proc. Aust. Soc. Anim. Prod. 24: 253-256.
  • West, S. A., Griffin, A. S., & Gardner, A. (2007). Social semantics: altruism, cooperation, mutualism, strong reciprocity and group selection. J. Evol. Biol, 20(2), 415-432


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