培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性

培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性:
我々は、新たな技術にどう向き合うべきなのか


Kei Singleton

Blog version.
First written: 2 Sep. 2018; last update: 2 Sep 2018

Abstract

動物たちに多大な苦痛をもたらすことに加え、環境破壊や新興感染症発生の原因でもある破滅的なシステム――畜産に代わる新たな食糧供給手段として、培養肉(in-vitro meat)の生産可能性は注目を浴び、その開発が進められている。そして培養肉は、野生動物の管理や肉食動物の保護の際に与える食事としても期待されている。しかし、少なくとも現段階では、培養肉の製造はcruelty-freeではない。ここでは、そのような製造に伴う倫理的問題に加え、畜産の撤廃が人々の倫理観の底上げではなく培養肉などの代替製品の普及によって行われることで取り残される問題、そしてそれらの改善可能性及び培養肉の利用可能性について取り上げ、我々が取るべき態度について議論する。

Contents


1 Introduction
2 倫理的問題とその改善可能性
3 培養肉の本当の必要性
4 技術開発の問題と可能性およびそれらに対する向き合い方
5 Summary and Conclusion

1 Introduction


 畜産は、気候変動の主張な要因であるだけでなく、土地利用、水利用、海洋酸性化、抗生物質の効かない耐性菌の発生、そして言うまでもなく、動物たちへの暴力と、それによってもたらされる途方もない苦痛の上に成り立っている。大量で安価な培養肉の実現は、それらの問題全てを解決、あるいは少なくとも大幅に改善する可能性を秘めている[1]。もちろん、これらの問題は、我々全員がビーガンになるという選択をすれば容易に解決されるものであり、培養肉の普及に伴って懸念される最初の問題として、他の解決手段を隠してしまうということが挙げられている[2]。あるいは、近い将来の培養肉の普及可能性が、現在畜産製品を購入し続ける口実に使われてしまうということも挙げることができる。また実際に培養肉などの代替製品の普及によって畜産業が撤廃されたとしても、人々の倫理観の底上げが起こっていない場合、種差別や暴力の根本的な要因が解決されていないがために、代替のない動物利用の継続や、新たな形態の抑圧の発生が起こってしまうのではないかという懸念もある。しかし、人口爆発に伴い、1960 年以降、肉の消費は増加の一途をたどっており、今後も特に現在途上国と呼ばれている国や地域で、指数関数的に上昇していくことが予想されている[3, 4]。この状況において、純粋な道徳的説得のみでグローバルな菜食化を実現することが非現実的なのもまた、残念ながら事実である。そのため、培養肉の導入は道徳的説得によって解消すべき問題の放棄ではなく、解消すべき問題をこれ以上増やさないために行われるという見方もできる。それでも、培養肉の製造そのものにも倫理的問題が存在する。以下の節では、これらの問題は解消することが可能であるということ、および培養肉の持つ有効性を考慮すれば、開発を支持する立場を取るもっともな理由があるということを説明する。

2 倫理的問題とその改善可能性


 培養肉を製造する過程を単純に記述すれば、ドナー動物から細胞を採取し、それをペトリ皿の中で増殖させるというものである[1, 5]。細胞の培養は、栄養素やエネルギー源、成長因子など、成長に必要な要素を含んだ培地を用いて行われる。現在これらの過程の中にいくかのcurelty-freeではない過程が含まれている。

2.1 ドナー動物の問題

 最初に挙げられる問題は、細胞を採取する際に実際の動物が必要とされることだ。サンプル一つから、10,000kg の牛肉が製造できることや、苦痛を与えない方法で採取することが可能であることから[6]、これまでの畜産と比較すれば倫理的にはるかにマシな営みであることは言うまでもない。しかし、廃止論的なビーガニズムや1一般的なアンチナタリズムの立場からすれば、例えサンプル採取を含めた飼育の過程で、ドナー動物に意図的にもたらされる苦痛が道徳的に無視できる程度のものであったとしても、我々の利用のために彼らに存在を与えること自体が許容されるものではない。それでも、この問題も将来的には解決可能であると考えられている。ドナー動物を用意し、頻度は少ないとはいえ繰り返しサンプルを摂取しなければならない理由は、細胞の分裂可能な回数には限りがあるためであるが2、形質転換技術3によって際限なく分裂可能な不死化細胞株(immortal cell line)を作り出すことは技術的に可能だからである。そして、十分な大きさの製品を大量に製造するには、細胞の分裂限界はコストの面からも障害になるため、細胞の不死化技術の導入はすでに進められているものである[7]。将来的には、不死化された培養肉用の細胞株は、貯蔵され、研究者や企業間で共有されるようになるだろうといわれている。ここにはもはやドナー動物の介在はなく、最初の行程のanimal-free化は可能となる。
 ただし、ここで一つの障害がある。これらの技術は遺伝子組換え作物「GMO」を取り締まる法律に引っかかる可能性があるのだ。現在、米国、中国、日本などでは問題ないが、ヨーロッパの法律は依然として厳しい。建前の一つは、形質転換はアレルギー反応を起こしうるというものだ。Finless Foods のCEO であるMichael Seldenは「この点について、科学は極めて堅固であり、(アレルギーは)起こらない」と述べているが、現在では反GM 派のロビー活動のためGM 技術の利用への風当たりは強くなる一方であり、オランダに本社を置くMosa meat は定期的にドナー動物を利用する方法を余儀なくされている[6]。cruelty-freeな技術開発を妨げる最大の障害は、人々の道徳的無関心さよりも、むしろ人々のこういった誤った情熱であるかもしれない。GMヒステリーを含めた新技術に対するこの種の反発の問題については後にまた触れる。

2.2 培地の問題

 次の問題は培地に関するものである。培地には主に、ウシ胎児血清(Fetal bovine serum; FBS)が用いられる。これは文字通りウシの胎児の血液から製造されるものであり、明らかにcruelty-freeではない。だがFBS利用の問題が克服されるのはすでに時間の問題であるともいわれている。というのも、未だ流通の最も大きな障害の一つとなっている培養肉のコストの大部分は、この血清によるものだからである。FBSは元々、一度に少量しか利用しない生物医学研究のために製造されているものであり、培養肉開発のような大量の需要に対応できるようにはなっていない。そのため、すでに各社がそれの代替となるものの開発に急いでいる。Finless FoodsのMichael Seldenはそのコストを理由に、「血清を使ったクリーンミートが市場に出回ることはないだろう」と述べている。JUST, Inc.(前Hampton Creek)のCEO、Joshua Tetrick も同様に「培地のコストの問題が解決されない限り、時間の無駄で、夢想に過ぎない」と述べている[8]。具体的な代替としては、キノコを原料とするものなどが提案されている[9, 10]。また、日本のShojinmeat Projectは、2015 年に酵母由来の代替を開発している。彼らの製品は卵などの動物性素材を利用しているためビーガンではないが、FBSの必要性を確実に減少させている[11]。成長因子は組換えDNA 技術によって人工的に製造することも可能であり、これもすでに開発が進められている。Finless Foods は2019 年にanimal-freeな培地で製造した魚肉ペーストを売り出す予定でいるし、JUST.も同様に、2019 年までに培地のための動物利用を廃止することを目指している[8]。Memphis MeatsのUma Valetiも、FBSを使用した製品を売り出すことはなく、animal-freeな培地で製造された製品のみを売り出すと述べている[12]。改めて、これらの技術の進歩や組み合わせによって培地の問題が解決されるのは、わずかな時間の問題といってよいだろう。

2.3 種差別の問題

 培養肉の普及は、結局ヒトでない動物は食べ物であるという認識、あるいは我々は何らかの形で動物性食品を摂取しなければならないという認識を解消することは出来ず、彼らを利用の対象として見る姿勢を正すこともできないという批判がある。しかし、これに対しては逆の見方をすることもできる。「ヒトの肉を培養したらどうなるだろうか?カニバリズムのタブーを乗り越えることもできてしまうだろうか?」というRichard Dawkinsによる2018年3月のtweetは各社メディアが取り上げ話題になった。実際、Josh Milburnは、ヒトでない動物の培養肉の開発を控えるのではなく、むしろ人工ヒト肉を許容することを提案している[13]。彼はこれにより、「us and them(私たちと彼ら)」的区別を解消することができるという可能性を主張する。実際にヒトの肉が商用に培養されるようになるかは別として、このような可能性についての議論が活発化するということは、必然的に種の境界についての議論も活発化するということであり、種差別を乗り越えるための大きな助けにもなりうる。
 また、完全なanimal-free化が実現した場合、人々が相変わらず人工肉を実際の動物と結び付けて考え続けるだろうかという疑問もある。そもそも現在動物搾取の問題への取り組みの大きな障害の一つとなっているのが、人々が商店に売られている動物製品と実際の動物の間にある結び付きの認識を失っているということである。類似した例として、MMR(新三種混合)ワクチンをはじめ、多くのワクチンにはヒト由来の細胞が成分として利用されてきたという事実がある4。これは、中絶されたヒトの胎児の細胞に由来しているが、これを理由にワクチンからヒトの死体を連想し、耐えられない嫌悪を覚えるという人は多くはないだろうし、何らかの形で現在、ある種のヒトへの搾取を容認することになると考えることもないだろう5。ドナー動物も不要な培養肉生産技術が確立され、さらに家畜とされている動物たちが絶滅させられたなら、us and themのthemは消失し、培養肉に持つ印象は具体的な動物とは独立したものになるのではないだろうか。また例え家畜動物たちが存続していたとしても、製品用の培養肉には、人々の嗜好や栄養需要に合わせて改変が重ねられていき、元の細胞が由来とする具体的な種の特質も薄れていくことも予測できる。その場合もまた、us and themのthemは(少なくとも部分的に) 消失するだろう。

2.4 開発に伴う犠牲

 これまで、培養肉の完全animal-free化が技術的に可能であるということを議論した。しかし例え結果的にanimal-freeかつcruelty-freeな培養肉が実現できるとしても、それまでの開発に伴う犠牲が存在することも事実である。とはいえ、培養肉の開発がなくとも犠牲になるために用意される動物たちが数多くいるということが、容易には動かしがたい背景として存在することもまた残念ながら事実である。その背景を背にした場合、それらの犠牲を現実に減らすことにつながる技術開発が倫理的にどのような位置づけをなされるのかは難しい問題である。これはトロッコ問題とは違う。レバーを切り替えることで「誰が」犠牲になるかが変更されるわけではなく、犠牲になる者たちはすでにほとんど決定されている。しかしこれは、その犠牲者を暴走する列車の先に「どのように」配置するかによって、帰結が大きく変わるという問題である。ある配置の仕方をすれば、列車は減速することなく、相変わらずその先にいるものたちを犠牲にしながら暴走を続ける。しかし別の配置の仕方をすれば、列車は完全に停車しないまでも、そこで減速し、その先にいる者たちを犠牲にしないで済ませられる可能性がある。
 犠牲者の配置ではなく、列車への直接的な働きかけによって列車の暴走を止めようとすることは、倫理的な訴えによって動物の搾取をやめさせようとすることに対応するが、これはどのような選択を取るにしても両立可能かつ必須のものである。例え培養肉の開発を支持するにしても可能な限り倫理的にマシな選択をするように訴えていかなければならないし、一方で開発に反対するにしても、正当な反対の仕方をしないと、結果的に犠牲を増やすだけになってしまうということを忘れてはいけない。GMO 規制によってanimal-free な開発の選択肢が狭められるという例について2.1 節で触れたが、この問題についてはまた後に触れる。

3 培養肉の本当の必要性


 培養肉が本当の意味で必要なのは、意志の弱さや倫理観の欠如が理由で肉食をやめられないものたちのためではない。本質的に肉を食べなければ生存できない動物たちのためである。野生や、動物園あるいはペットとして家庭で飼育されている肉食獣は、生存のために肉食を必須としている。しかし、彼らが生き延びるためとはいえ、別の動物が苦痛を与えられ殺されることが問題でなくなるわけでは全くない。
 動物園とは商業的な目的のための動物監禁システムに他ならないが、野生動物の管理と動物園の廃止のそれぞれが向かう先は、全ての知覚ある動物を慈善的に管理するサンクチュアリという同じ目標に行きつく。これは、真の意味でcruelty-freeな世界を実現するには必須のビジョンである。David Pearceは「それが野蛮であると認識しながら、野生動物公園では" 自然" であるという理由で、本当に残虐行為を許容し続けるつもりだろうか?」[14] と問うているが、誰もが即座にこれを反語法だと認識しなければならない。代替が存在し捕食や寄生の必要がない世界で、彼らに殺し合い、奪い合いを継続させることは許容されない。そして、一刻も早くその代替が可能になるように我々は努力をしなければならない。現時点で培養肉がその代替の最も有力な一つであることは明らかだろう。実際に、ヒトの手による食物連鎖を含めた生態系の再エンジニアリングも学術的にも検討され始めているし[15, 16]、イヌやネコなどの食事としての培養肉利用の意向も示されている[17]。
 技術開発によって多くの犠牲がもたらされてきたことも事実であるが、一方でこのように新たな技術がなければ決して解消することのできなかった問題も存在する。もし我々が今でも原始人とは大きく変わらない生活をしていたとしたら、野生動物たちは惑星規模の事象(いずれにしてもそれは悲劇的なものであろうが)でもなければ、この先も大きな変化の希望もなく、変わることなく悲惨な生を再生産し続けることになっていただろう。培養肉の存在は、我々自身が動物を食べる必要がないという既知の事実を拡大するだけでなく、そこに存在するいかなる動物も、他の動物を殺して食べる必要はないという新たな事実を形成する可能性も秘めているのだ。
 ただし、これらの問題は複雑であり、培養肉の開発のみで具体的な解決ができるわけではないため、詳細については別の記事で扱うことにする(野生動物の苦しみに関連する他の記事は、トピック『野生動物の苦しみ』のページを参照)。次の節では、新たな技術に対して我々がとるべき態度について議論する。

4 技術開発の問題と可能性およびそれらに対する向き合い方


4.1 倫理的懸念とは別の動機による反対

 持続的な科学技術および開発の専門家であったCalestous Jumaは"Innovation and its enemies: Why people resist new technologies"[18] の中で、人々はかつて冷蔵庫やコーヒーの導入にさえ反対したことを例に出し、なぜ人々は新たな技術の導入に――時に恐れと共に――抵抗を示すのかを細かく分析し、解説している。人々が新たな技術に反対する大きな理由の一つは、開発者たちの無責任さを一つの原因とする技術産業への不信感である。実際、バイオテクノロジーによる非倫理的な研究は数え切れないほど多くなされてきたし、さらなる技術進歩により、その陰湿さと規模が拡大していくという懸念ももっともなものである。また、これまで、培養肉の製造そのものに関連する倫理的諸問題について考察し、実際に真剣に検討すべき倫理的問題が存在していることも確認してきた。
 しかし、培養肉やそれに関連する技術への反対は、倫理的懸念を動機とするものに限ったものではない。Juma が挙げている人々が新技術に反対する別の理由は、現状維持バイアスから来る新たな技術そのものへの恐怖と、新たな技術の導入によって何か大切なものが失われるという漠然とした不安感、そしてそれらを巧みに利用する新技術の普及で損害を被りうる別の産業による妨害活動などである。また、それらの別の動機を持つものたちはしばしば、自分たちの信念を通すためのもっともらしい口実として倫理的な懸念を利用してきた。しかし、それらの別の動機による反対をアピールするために倫理的懸念を利用することは、実際の倫理的問題をより見えづらくすることにもなる。例えば、ワクチンは自閉症の原因となるという科学的根拠と真っ向から対立する主張[19]などを根拠として闘ってきた反ワクチン派の活動によって、ワクチンをめぐる議論は非科学的な主張をするanti-vaxxers(反ワクチン派)vs ワクチン推進派によるものであるという二分化した構図が形成されてきてしまったために、現在ワクチンに動物成分が利用されていることの問題を冷静に議論できる場所を見つけるのは必要以上に困難な状況になっている。そしてもう一つの典型的な例が、オーガニック食品業界のプロパガンダにのせられている反GMO運動である[20]。(米国における反GMO プロパガンダには、ロシアが関与しているということも明らかにされている[21])。以下その問題についてより詳しく議論する。

4.2 反GMO運動から学ぶ反省点

 改めて、誤った反対は状況を悪化させるだけであることを示す典型的な例が、培養肉の開発そのものに直接関わる遺伝子組換え技術に対する反対運動だ。現在まで、遺伝子組換え作物が人体や環境に悪影響を与えると考えられる根拠は一切見つかっていないばかりか、むしろ、農薬の使用量減少による環境へのメリットも見られているし[22]、土地や水利用をさらに減らす新たな品種の開発もすでに進められている。そして、従来行われている動物への給餌実験は、リスク評価に新たな情報を付与しないため不要であると専門家たちも述べている[23, 24]。にもかかわらず安全性を信頼できないといって反対運動を起こすことが原因で導かれる帰結の一つが、現在のように不要な動物実験が行われるようになるということである6。すでに安全性が十分確かめられている以上、反対運動によって開発を中断する理由はなく、すでに示している根拠で十分でないと言われれば(開発者は不要だと考えていても)さらなる安全性検証の結果を示すしかないためである。この流れはさらなる悪循環を生む。微生物学者Jennifer Thomsonは特に動物擁護に関心があるわけでもなく、ビーガンでもベジタリアンでもないが、GMO 開発のために動物実験を行うことは有用でないと語っている7。理由は、先に述べた通り動物実験によって得られる知見がないばかりか、動物実験で得られる結果は、動物擁護に関心のある読者の多くはご存知だろが、曖昧で実際には存在しないパターンが見出されやすい。特に食品を丸々与える給餌実験では、異常が検出されても具体的な原因を特定することが難しい。先に参照したGRACE project(GMO Risk Assessment and Communication of Evidence)による報告[23]で指摘されていることでもあるが、本当に意味のある動物実験を行おうと思えば、これまで確認されていない成分かつ、その成分のみを動物に与えるということをするべきである。しかし、現在市場に出回っているGMOで、これまでにない成分を含んでいるものはない。実際にこの種の誤りや、場合によっては意図的な研究不正によって得られたGMO の危険性を示唆する研究が反GMO活動家たちの主張の根拠と利用されており、それらの研究は問題が指摘され撤回がなされたり、不正を行った研究者たちには処分が下されていたりするにも関わらず[25, 26]、彼らは繰り返し同じ問題を持ち出して抗議を行っている。それによりさらに動物実験が要求されることになるというのが、反GMO活動家たちが招いている悪循環である。
 この流れから学ぶべきことは明らかだろう。培養肉の開発が抱える倫理的課題を正当に指摘していくことは重要であるが、例えば今挙げた遺伝子組換え技術への根拠のない反発や、細胞培養技術自体が「不自然」であるということによる反対、あるいは有益な技術と技術開発に伴う倫理的問題を区別しようとしない漠然とした技術への嫌悪から来る抵抗などを示していても、結果的に不要な犠牲と混乱がもたらされるだけであるということだ。GMO自体についても、反対すべきではないとは決して思わない。GMOの必要性も培養肉同様に、食糧の公平でない分配システムや、気候変動、そしてそれらを含む諸問題の根源である人口爆発に対処するため生じているものであり、より重要かつ効果的な対策を見えづらくしてしまうという懸念による反対はもっともなものである。このような正当な反対をクリアに提示するためにも、どのような立場をとるかに関わらず、知的に誠実であり、合理的な議論をするよう常に心がけていないといけないのである。

5 Summary and Conclusion


 培養肉開発にはドナー動物の利用や動物由来の成分を用いた培地の問題など、いくつかの倫理的課題が存在しているが、それらは細胞の不死化や代替製品の開発により技術的に克服可能であることを説明した。続いて、cruelty-freeな製造法が実現するまでの開発に犠牲が伴うことも事実であるが、背景を考慮すれば、消極的な意味での正当化可能性を含め、その犠牲の位置づけには議論の余地があることも議論した。そして最後に、開発者の倫理観の欠如を原因の一つとし、新たな技術開発は多くの犠牲をもたらしてきたことも事実であるが、新たな技術によってしか解決できない深刻な問題も存在すること、および、反GMO 運動から見ても理解できるように、技術開発に伴う犠牲を回避するという目的においても、すでに確証が得られている事実に反するような主張を掲げた反対は逆効果になってしまうだけであることを示した。
 世界人口全体を見渡しても、人類全体のウェルビーイング、まして他の種に属するもののウェルビーイングまでも考慮に入れて、世界の動向を倫理的な視点から見つめている人は少ない。そのため、せっかくそのような視点に立っているものたちが、新たな技術に対して、それを支持するか反対するかにかかわらず、不適切で説得力を欠く訴えをしていくことは、極めて残念なことなのである。よってその重要性を改めて認識し、誤った議論を続けることも改善すべき倫理的問題の一つであるということを忘れることなく、新たな技術の導入やその可能性に対して、常に冷静で合理的な態度を取るように努めなくてはならないのである。

謝辞


最後に、記事を書くにあたって、有益なコメントをくれたFinless FoodsのMichael SeldenおよびVegan GMOのJayson Merkleyに感謝する。

Footnotes

1功利主義的な立場からしても、少なくともそれをヒトに対して行っても許されると考えるのでなければ整合的ではないだろう。
2細胞分裂を繰り返すことで、染色体の末端にあるテロメアと呼ばれる構造が短くなっていき、やがて複製ができなくなる。この複製の限界は発見者の名前にちなんで、Hayflick 限界と呼ばれる。
3形質転換とは、外部からDNAを導入することで遺伝子の形質を変化させること。テロメアの修復を行う酵素テロメラーゼの活性を高める遺伝子の導入などによって不死化が実現される。
4ちなみに、最初に際限なく利用可能な研究用ヒト細胞株WI-38を樹立したのが、先の脚注でも触れた細胞の分裂限界を研究したHayflickである。
5ただし、現在ほとんどのワクチンは他に動物成分を含んでおり、cruelty-freeではないという意味で、製造法に反対したり、改善を要求したりすべき決定的な理由は存在する。
6途上国で栄養失調に苦しむ子供たちを救う可能性がありながら、反対運動によって実用化が妨げられてきたゴールデンライスの問題など、他にも目に見える反対運動の実害は存在する。
7彼女の発言は、Vegan GMOのJayson Merkleyとのプライベートなやり取りの中のものであるため、出典となる記録はない。

References


[1] Shruti Sharma, Sukhcharanjit Singh Thind, and Amarjeet Kaur. In vitro meat production system: why and how? Journal of food science and technology, 52(12):7599-7607, 2015.

[2] Jean-Fran cois Hocquette. Is in vitro meat the solution for the future? Meat science, 120:167-176, 2016.

[3] Andrew W. Speedy. Global production and consumption of animal source foods. The Journal of Nutrition, 133(11):4048S-4053S, 2003.

[4] Christopher L. Delgado. Rising consumption of meat and milk in developing countries has created a new food revolution. The Journal of Nutrition, 133(11):3907S-3910S, 2003.

[5] Zuhaib Fayaz Bhat, Sunil Kumar, and Hina Fayaz. In vitro meat pro- duction: Challenges and benefits over conventional meat production. Journal of Integrative Agriculture, 14(2):241-248, 2015.

[6] info@mosameat.com. Frequently asked questions. (accessed August 11, 2018). https://www.mosameat.com/faq/.

[7] Emily Byrd. Clean meat ’s path to your dinner plate. 2016, (accessed August 12, 2018). https://www.gfi.org/ clean-meats-path-to-commercialization.

[8] Matt Reynolds. The clean meat industry is racing to ditch its reliance on foetal blood. WIRED UK, 2018.

[9] P. D. Edelman, D. C. McFarland, V. A.  Mironov, and J. G. Matheny. Commentary: In vitro-cultured meat production. Tissue engineering, 11(5- 6):659-662, 2005.

[10] Zuhaib Fayaz Bhat and Hina Fayaz. Prospectus of cultured meat?advancing meat alternatives. Journal of food science and tech- nology, 48(2):125-140, 2011.

[11] Shojinmeat Project. 純肉の背景の技術課題. (accessed August 20, 2018). https://www.shojinmeat.com/projects-c10d6.

[12] Waking Up Podcast with Sam Harris. Meat without misery; a conversation with uma valeti. 2016. https://samharris.org/podcasts/ meat-without-murder/.

[13] Josh Milburn. Chewing over in vitro meat: Animal ethics, cannibalism and social progress. Res Publica, 22(3):249-265, 2016.

[14] David Pearce. The abolitionist project. 2007.

[15] David Pearce. Reprogramming predators - blueprint for a cruelty-free world. 2009.

[16] Oscar Horta. Zoopolis, interventions and the state of nature. Law, Ethics and Philosophy, 1:113{25, 2013.

[17] Chase Purdy. A pet-food company wants to make cell-cultured meats for dogs and cats. 2017, (ac- cessed August 19, 2018). https://qz.com/1142826/ a-pet-food-company-wants-to-make-lab-grown-meats-for-cats-and-dogs/.

[18] Calestous Juma. Innovation and its enemies: Why people resist new technologies. Oxford University Press, 2016.

[19] Anjali Jain, Jaclyn Marshall, Ami Buikema, Tim Bancroft, Jonathan P Kelly, and Craig J Newschaffer. Autism occurrence by mmr vaccine status among us children with older siblings with and without autism. Jama, 313(15):1534-1540, 2015.

[20] Bruce Chassy, David Tribe, Graham Brookes, and Drew Kershen. Organic marketing report. Academics Review, http://academicsreview. org/wp-content/uploads/2014/04/Academics-Review Organic- Marketing-Report1. pdf, 2014.

[21] Shawn F Dorius and Carolyn J Lawrence-Dill. Sowing the seeds of skepticism: Russian state news and anti-gmo sentiment. GM crops & food, pages 1-6, 2018.

[22] National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine and others. Genetically engineered crops: experiences and prospects. National Academies Press, 2016.

[23] GRACE Consortium et al. Conclusions and recommendations on animal feeding trials and alternative approaches and on the use of systematic reviews and evidence maps for gmo impact assessment, 2015.

[24] Andrew Bartholomaeus, Wayne Parrott, Genevieve Bondy, Kate Walker, and ILSI International Food Biotechnology Committee Task Force on the Use of Mammalian Toxicology Studies in the Safety Assessment of GM Foods. The use of whole food animal studies in the safety assessment of genetically modified crops: Limitations and recommendations. Critical reviews in toxicology, 43(sup2):1-24, 2013.

[25] Alison Abbott. Italian papers on genetically modified crops under investigation. Nature, 529(7586):268, 2016.

[26] Natasha Loder. Royal society: Gm food hazard claim is‘ flawed ’. Nature, 399:188, 1999.

このブログの人気の投稿

ビーガンFAQ - よくある質問と返答集

アンチナタリズム入門 ~わかりやすいアンチナタリズムの解説~アンチナタリズムとは何であり、何でないのか

ネガティブ功利主義とは

アンチナタリズムFAQ - よくある質問と返答

オメラスを去れ