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非同一性問題について:危害の定義とアンチナタリズム

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非同一性問題について: 危害の定義とアンチナタリズム

Kei Singleton
Blog version First written: 21 Oct. 2018; last update: 21 Oct. 2018
Abstract 人口倫理学において、非同一性問題として知られる問題が存在する。一部の論者は、この問題はアンチナタリズムの推論の前提にある誤りを指摘するものであると主張する。しかしこの記事では、その指摘は本来の非同一性問題の前提を正しく理解した上で行われているものではないこと、そしていずれにしても、その指摘がアンチナタリズムへの反論として適切なものではないばかりか、むしろ非同一性問題について真剣に検討するほどアンチナタリズムという結論が不可避になることを説明する。

Contents
1 Introduction

2 非同一性問題とperson affecting view
2.1 非同一性問題とは何か
2.2 Person-affecting view

3 ナイーブなperson-affecting view:破滅の選択
3.1 長期的環境政策
3.2 奴隷児の思考実験
3.3 比較の不要性と概念的矛盾

4 Impersonal view によるアプローチ
4.1 伝統的功利主義とrepugnant conclusion
4.2 ネガティブ帰結主義
4.3 権利および義務に基づくアプローチ

5 非比較的なperson-affecting view

6 Conclusion


1  Introduction 非同一性問題(non-identity problem)とは、哲学者Derek Parfitら(Parfit 1984)によって広められた問題であり、ある状況においては、我々が普段行っている存在者に関与する行為についての価値判断を、将来存在するものへ及ぼす危害について適用した際、見かけ上推論に矛盾が生じるというものである。一部のナタリストたちがこの問題をアンチナタリズムへの有効な反論として持ち出すこともある。しかし、彼らは非同一性問題が元々何について議論しているものなのかを正しく理解していない。そして、非同一性問題に対する解答は、すでに哲学者らによって複数の異なる形で与えられている。一部のナタリストが誤解しているように、古典的な非同一性問題は、あるものが存在す…

リチャード・ドーキンスとピーター・シンガーの対談

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YouTubeにアップしていた字幕付き動画が、著作権違反に該当したため、こちらに字幕を載せる

動画はドーキンス財団の公式チャンネルのもの
2008年に放送され、British Broadcasting AwardsでBest Documentary Seriesに選ばれた、動物学者リチャード・ドーキンス出演の英国のドキュメンタリーシリーズ『The Genius of Charles Darwin』よりピーター・シンガーとの対談

二人は対談でダーウィニズムが我々の倫理観に与えた影響を探る。肉食の問題だけでなく、中絶、カニバリズム、動物実験、チンパンジーとヒトのハイブリッドの作成、宗教など、様々な問題を取り上げている。

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リチャード・ドーキンス:英国の進化生物学、動物行動学者、ポピュラーサイエンスライター。世界で最も有名な一般向けの科学解説者の一人であるが、その活動の一環として、宗教を始めとした、超自然的な信仰に対する批判も積極的に行っており、欧米を中心とする世俗主義ムーブメントを牽引する代表的人物となっている。『利己的な遺伝子』、『神は妄想である』など、多数のベストセラーを持つ。

ピーター・シンガー:オーストラリアの倫理学者。主要著作は『動物の解放』、『実践の倫理』など。世界で最も影響力を持つ人物の一人に数えられる。



00:01―ホモ・サピエンスの神聖視
Dピーター、あなたは世界で最も道徳的な人の一人に違いないでしょう。恐らくあなたは世界で最も論理的に一貫した道徳的立場を築いている人です。しかし、まさにその論理的一貫性ゆえに様々な方面から攻撃を受けているのではないかと思うのですが。

S確かにその通りです。一方で私が最も批判を向けているのは社会の中のほとんどの人々の動物に対する態度です。我々は動物たちの利害を十分真剣に捉えていないと思うのです。そしてある意味では、ダーウィニズムの含意することの一つとしては、それらをより真剣に捉えるべきだということだと思うのです。あるいは少なくとも我々と動物たちとを隔てるバリアの一部を取り除くべきだということです。しかしもう一方で私は、人はホモ・サピエンスという種の一員であるというだけで特別な存在であるとは思いません。例えば、ある人が生まれつき深刻な障害を持っているとします。その場合、そのような人の命を終わらせることは…

培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性

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培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性:
我々は、新たな技術にどう向き合うべきなのか
Kei Singleton
Blog version.
First written: 2 Sep. 2018; last update: 2 Sep 2018
Abstract 動物たちに多大な苦痛をもたらすことに加え、環境破壊や新興感染症の発生原因でもある破滅的なシステム――畜産に代わる新たな食糧供給手段として、培養肉(in-vitro meat)の生産可能性は注目を浴び、その開発が進められている。そして培養肉は、野生動物の管理や肉食動物の保護の際に与える食事としても期待されている。しかし、少なくとも現段階では、培養肉の製造はcruelty-freeではない。ここでは、そのような製造に伴う倫理的問題に加え、畜産の撤廃が人々の倫理観の底上げではなく培養肉などの代替製品の普及によって行われることで取り残される問題、そしてそれらの改善可能性及び培養肉の利用可能性について取り上げ、我々が取るべき態度について議論する。

Contents
1 Introduction
2 倫理的問題とその改善可能性
3 培養肉の本当の必要性
4 技術開発の問題と可能性およびそれらに対する向き合い方
5 Summary and Conclusion

1 Introduction
 畜産は、気候変動の主張な要因であるだけでなく、土地利用、水利用、海洋酸性化、抗生物質の効かない耐性菌の発生、そして言うまでもなく、動物たちへの暴力と、それによってもたらされる途方もない苦痛の上に成り立っている。大量で安価な培養肉の実現は、それらの問題全てを解決、あるいは少なくとも大幅に改善する可能性を秘めている[1]。もちろん、これらの問題は、我々全員がビーガンになるという選択をすれば容易に解決されるものであり、培養肉の普及に伴って懸念される最初の問題として、他の解決手段を隠してしまうということが挙げられている[2]。あるいは、近い将来の培養肉の普及可能性が、現在畜産製品を購入し続ける口実に使われてしまうということも挙げることができる。また実際に培養肉などの代替製品の普及によって畜産業が撤廃されたとしても、人々の倫理観の底上げが起こっていない場合、種差別や暴力の根本的な要因が解決されていないがために、代替のない動物利用の継続や、…

Zoopolis、干渉と自然状態 by オスカー・オルタ

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Zoopolis、干渉と自然状態
これは Oscar Hortaによる論文『Zoopolis, Interventions and the State of Nature』の要約と抜粋である。

注意事項:
元論文内の引用を二重に引用する場合にややこしくなるため、元論文からの引用はインデントを変えず、文字の色を青色にして区別する。文字色が区別されない形式で閲覧している場合や、その他なんらかの理由で色の識別が困難な方は注意してほしい


Zoopolis, Interventions and the State of Nature

Oscar Horta
2013
Law, Ethics and Philosophy 1:113-25


Abstractはそのまま引用する:

Abstract
DonaldsonとKymlickaはZoopolisにおいて、動物たちを助けるための自然への干渉は許容されることもあり、場合によっては、一般に直面する危害から動物たちを救うことが義務的でもあるとも議論している。しかし、彼らはこれらの干渉にはいくつかの制限が設けられなければならないとも主張している。でなければ、野生動物たちが形成する、自治的なコミュニティと同様に尊重されるべきコミュニティの構造を崩壊させかねないためであるという。これらの主張は、生態系のプロセスは動物たちが自然界で良い一生を送ることを保証するのだという広く抱かれている仮定に基づいている。しかし、残念ながらこの仮定は全く持って現実的でない。ほとんどの動物はr-戦略者であり、存在を得て間もなく痛みの中死んで行くし、成体まで生き残ったものも、一般におぞましい危害に苦しむ。それに加え、ほとんどの動物はZoopolisが記述しているような政治的コミュニティは形成しない。そのため、野性の動物たちの置かれた状況は、人道の危機や、修復不能なまでに破綻した国家に類似したものとみなすことができる。それはHobbesの自然状態がそうなるであろう状態に合致する。これは、ヒトでない動物たちを助けるための自然への干渉には、DonaldsonとKymlickaが主張するような制限が設けられるべきでないということを意味している。

1. Introduction
この論文は、Sue Donaldson(スー・ドナルドソン), Will Kymlicka(ウ…

ロボット倫理:反種差別主義とアンチナタリズムの観点から

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ロボット倫理:反種差別主義とアンチナタリズムの観点から

Kei Singleton
Blog version.
First written: 14 July. 2018; last update: 14 July 2018
Abstract この記事では、現在すでに積極的に意見が交わされているロボットの道徳的地位を巡る議論を、種差別主義と生殖の倫理と関連付けて考察する。ロボットの道徳的地位を巡る議論それ自体が、一般に認識されている以上に現実的かつ重要な問題であることを示すとともに、それを通して考察することで、ヒトでない動物の道徳的地位を尊重すべきであるという議論や、生殖の非倫理性を糾弾するアンチナタリズムの議論もまた、なお一層に重要かつ説得力のあるものであると理解できることを説明する。

Keywords: ロボット倫理、応用倫理学、AI、人工知能、ロボット工学、アニマルライツ、種差別、アンチナタリズム、生殖の倫理

Contents
1 Introduction
2 ロボットの道徳的地位と種差別主義
3 ロボットとアンチナタリズム
4 Conclusion

1 Introduction
 ロボット倫理とは、ロボットの開発や扱いに関わる諸々の倫理的問題を扱う応用倫理学の一分野である。ロボットに対する人間の倫理的振る舞いを扱うという点で、ロボット自身の倫理的振る舞いを扱うマシン倫理と対比される。近年のAIの発展を取り巻く状況を見てもわかるように、ロボットやそれに関連する技術の発展は急速であり、かつその影響は重大である。また、それらに関して開発者自身にも予測不能な面が大きいことから、その開発に携わる倫理的責任もまた極めて重大なものである。その中でも特に重要な問題が、ロボット自身が道徳的地位を獲得した場合、そのような存在を開発および実験に利用することが許されるのかということ、そしてまた、そのような存在を生み出すこと自体が、道徳的に許容されるのかということである。この記事では、これらの問題が決してSFの世界の中だけの空想的な問題ではなく、より多くの人々が真剣に考慮すべき現実的な問題であることを議論する。そしてこれらの問題は手元に逆流し、すでに明確な道徳的地位を持つと議論されているヒトでない動物の利用や、道徳的地位を持つ存在を同意なくこの世に生み出す生殖という行為の倫理性が…