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12月, 2017の投稿を表示しています

アンチナタリズムFAQ - よくある質問と返答

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アンチナタリズムFAQ - よくある質問と返答 K-Singleton First written: 26 Dec. 2017; last update: 19 Oct. 2018 Abstract アンチナタリズムについて一般的に見られる疑問や挑戦と、それに対する返答を列挙する。ここに書いてることと重複する内容もあるが、まず基本的な理解のために『 アンチナタリズム入門 ~わかりやすいアンチナタリズムの解説~ 』を先に読むことを推奨する。 ※大幅な書き換えと形式の整理が必要だという認識はあるが、先送りになっている。 ―Contents― ▼1. アンチナタリズムとはどんな思想であり、どんな思想でないのか   Q1.1     アンチナタリズムとはなに?   Q1.2   なぜ生殖は悪のか?    A1.2.1 生まれることで、他者に苦痛をもたらすから     A1.2.2 生まれてくるもの自身に苦しみを押し付けることであるから    A1.2.3 子供を作ることは他者を利用することだから ▼2. アンチナタリズムとはなにでないのか   Q2.1   子供が嫌いなの?   Q2.2   チャイルドフリーとは違うの?   Q2.3   生に価値がないならなぜ自殺しないの?   Q2.4   殺しも肯定するの?   Q2.5   自分の人生が辛いだけでは?   Q2.6   ニヒリズムなの? ▼3. アンチナタリズムへの反論      Q3.1   生まれることで経験できる良いこともあるのでは?    A3.1.1 ベネターの非対称性    A3.1.2 シフリンの非対称性    A3.1.3 良い人生は、本当に良い人生なのか    A3.1.4 苦しみの除去としての喜び   Q3.2    多くの人が生まれてよかったと考えているから、新たに人を生み出すことも許されるのでは?   Q3.3   アンチナタリズムは潜在的な存在の喜びの機会を奪っているのでは?   Q3.4   生きることはそれほど苦痛の多いことではないのでは?    A3.4.1  経験的事実による反証    A3.4.2  自然淘汰の働きによる説明  

アンチナタリズム入門 ~わかりやすいアンチナタリズムの解説~アンチナタリズムとは何であり、何でないのか

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アンチナタリズム入門 ~わかりやすいアンチナタリズムの解説~ アンチナタリズムとは何であり、何でないのか by Kei Singleton First published: 23 Oct. 2017; Last major update: 12 Sep. 2020 更新履歴[開く/閉じる] 2019年11月20日:文中に『 ベネターの厭人主義的アンチナタリズム 』への案内追加 2020年9月12日:文中に『 Review of Suffering vol.1:アンチナタリズム 』へのリンクを追加 2021年3月19日:レイアウト変更(目次追加他)、いくつかのマイナーな文章校正 2021年4月29日:pdf版へのリンク追加 はじめに アンチナタリズムという思想の認知度は着実に上がっており、関心を持つ人も増えていますが、同時に様々な混同や誤解も見られるようになって来ています。ここでは、アンチナタリズムとはどんな思想なのか、そしてどんな思想ではないのかを、出来るだけシンプルな形で解説します。pdf版(A5サイズ)を コチラ からダウンロードすることもできます。 Keywords: アンチナタリズム、反出生主義、エフィリズム、生殖の倫理、デイヴィッド・ベネター ―目次― アンチナタリズムとは何なのか~アンチナタリズムを支持する理由 生まれることで誰かに悪影響をもたらすから 生まれることでたくさんの苦しみを経験するから 子供を作ることは自分勝手なことだから アンチナタリズムとは何でないのか 子供嫌いや、子持ちいじめではない 「生みだすべきではない」であって「生まれたくなかった」ではない 「始める価値がない」であって「続ける価値がない」ではない その他混同されやすい考え おしまいに~より進んだ議論は I. アンチナタリズムとは何なのか~アンチナタリズムを支持する理由 アンチナタリズム(Anti-natalism)とは、子供を作ることを推進するnatalismに反対で、

意識に関するケンブリッジ宣言

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これは、2012年に著名な科学者たちによって得られた意識に関する見解の合意に基づく宣言である。 原文は以下のURLから閲覧できる: http://fcmconference.org/img/CambridgeDeclarationOnConsciousness.pdf 意識に関するケンブリッジ宣言 2012年7月7日の今日、ケンブリッジ大学では、 著名な 認知神経科学者、神経薬理学者、神経生理学者、神経解剖学者および計算論的神経科学者による国際的グループが集い、ヒトおよびヒトでない動物における意識的経験および関連する行動の神経生物学的基盤を再評価した。 このトピックに関する比較研究は、ヒト以外の動物および、しばしばヒトにおいても、内的状態について明確かつ容易に伝達することができないということが自然と妨げになるが、次のような観察は明白に述べることができる。 意識研究の分野は急速に発展している。 ヒトおよびヒトでない動物研究のための新たな技術および戦略が豊富に開発されている。 その結果、より多くのデータが容易に利用できるようになり、この分野においてこれまで保持されていた先入観の定期的な再評価が必要となっている。 ヒトでない動物の研究は、相似な脳回路が意識的な経験と相関し、実際にそれらの経験に必要かどうかを評価するために、知覚を選択的に促進したり遮断することが可能であることを示した。 さらにヒトでは、意識の相関を調べるための新たな非侵襲的技術が容易に利用可能である。 感情の神経基質は皮質構造に限定されるものではないと見られる。実際、ヒトが感情状態の際に興奮する皮質下の神経ネットワークは、動物の感情的行動を生成するためにも非常に重要である。同脳領域の人工的な刺激は、ヒトおよびヒトでない動物の双方において、対応する行動および感情状態を生成する。脳内の、ヒトでない動物が本能的な感情的行動を引き起こす場所ではどこでも、それに続く行動の多くは、報酬や罰となる内的状態を含む、経験される感情状態と一致している。ヒトにおけるこれらの系の深い脳刺激でも、同様の感情状態を引き起こすことができる。情動に関連する系は、神経相似性に富んでいる皮質下領域に集中している。新皮質のない若いヒトおよびヒトでない動物は、これらの脳-心機能(brain-mind f

アンチナタリストはなぜ自殺しないのか

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アンチナタリストはなぜ自殺しないのか 「存在に対してそんなに否定的なら、自殺すれば済むのではないか?」 これは、アンチナタリストが最も頻繁に受ける質問だろう。 ビーガンに対する Plants tho(でも植物は?)論法 に対応する議論とも言えるかもしれない。 これに対する簡単な答えは 「自殺するかどうかはその人次第であって、アンチナタリズムとは直接関係がない 」というものだ。 あるいは、「生殖は生まれてくるものの同意を得ることができず、自分たちの利益を導く手段として他者を利用することは許容されない」という見方からアンチナタリズムを支持しているものからすれば、その立場を説明すれば回答としては十分だ。 しかし、アンチナタリズムを支持する別の理由「生まれなければ苦痛を経験せずに済むため」のまさにその一点のみに焦点を当てる批判者は、これでは納得しないだろう。 よってここでは、なぜアンチナタリストに自殺しないのかと問うことが的外れなのかを説明するが、その説明はもう一つの一般的な疑問「アンチナタリストの論理なら、殺しも正当化されるのでは?」が同様に的外れである理由も部分的に説明する。 生きる価値がない生 まずこの問いの基には、ある混同が存在している。それはベネター自身が議論しているように「生(life)には生きる価値がない」という言葉の持つ「生には続ける価値がない」と「生には始める価値がない」という二つの意味の混同である。 ベネター的なアンチナタリズムが主張しているのは、もちろん後者の 「生には始める価値がない」 ということである。そして、存在していないものには利害が存在せず、生まれないということで失うものは何もない一方で、すでに存在しているものには様々な利害関心があり、 存在をやめるには大きなコストが伴う 。そのため、わずかな(潜在的な)苦しみの存在であっても、新たな存在を生み出さないという判断を下すのに十分であるのに対し、存在をやめることを決断するには、一般により高い閾値が求められるのである。 よってベネターの言葉を引用すれば もし人生が続けるに値しないのなら、なおさら始める価値はない。 しかし人生に続ける価値があるからといって、始める価値もあるということになったり、始めるに値しないからとい

それでも、生まれてこない方が良かった ― 批判への返答 by デイヴィッド・ベネター

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元論文: Still Better Never to Have Been: A Reply to (More of) My Critics David Benatar Received: 2 July 2012 / Accepted: 8 July 2012 / Published online: 5 October 2012 はじめに これは、 デイヴィッド・ベネター が自身の著書『Better Never to Have Been(生まれてこない方が良かった―存在してしまうことの害悪)』(以下,BNtHB)に向けられた批判に対する反論を記した論文の要約と抜粋である。 和訳本には目を通していないため、異なる用語や表現を用いている個所が多々あると思うが、それについては自分で補ってほしい。 1. Introduction この導入では、当然多くの反対が来ることは予想していたが、中にはまったく内容を読んでいないことを堂々と認めたうえでの反論や、どこが問題なのかを示さない批判もあったことを述べている。 2. Why It Is Better Never to Have Been 2節目では、彼の議論の基盤であり、主に批判の対象となっている基本的な非対称性の議論と、それに続く4つの非対称性: (i)生殖の義務の非対称性 (ii)将来の利益の非対称性 (iii)回顧的な利益の非対称性 (iv)遠隔地の苦しみと幸福の不在の非対称性 そして人生のクオリティについての議論を改めて要約して示している。 これらについては『Better Never to Have Been』の2章および3章、あるいは当ブログ記事『 ベネタリアン的非対称性の評価の仕方 』を参照してもらいたい。 3. Impersonally Better or Better for a Person? ここでは、ベネターが「非存在者の苦痛の不在は良い」というとき、具体的にどういった見方からの判断なのかを説明している。 すなわち、非人格的に良いのか、それとも誰かにとって良いと言っているのか、ということである。 彼は、彼への批判の一部は、ここをはっきり理解してないとし、次のように述べている: 私がすでに明確であってほしか