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ベネターの厭人主義的アンチナタリズム

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ベネターの厭人主義的アンチナタリズム これは" Permissible Progeny?: The Morality of Procreation and Parenting " (2015) 内でデイヴィッド・ベネター(David Benatar)が担当した一章 "The Misanthropic Argument for Anti-natalism. Permissible Progeny: The Morality of Procreation and Parenting" の要約と抜粋である(同様の内容が『 Debating Procreation: Is It Wrong to Reproduce? 』にも収録されている)。 注意として、Appendixは扱っていない。また、訳注と参考文献および本文中のそれらの指定は、必要なもの以外は略してあるため、原文をあたってもらいたい。 abstractはそのまま引用する: この章は、アンチナタリズムを支持する厭人主義的な道徳的議論を提示する。この議論に従えば、我々は多大な危害をもたらす種に属する新たな一員を生み出すことを思いとどまる推定義務を負っていることになる。人類本性には、人類を他の人間やヒトでない動物に多大な痛み、苦しみ、そして死をもたらすよう導く邪悪な側面があるという広範な証拠が与えられる。一部の危害は環境破壊を通してもたらされる。その結果生じる新たに人間を生み出さないという推定義務は、例え打ち負かされることがあったとしても非常に稀なものとなる。すべての厭人主義が人間の道徳的過ちに関するものではない。この章に続くappendixにおいて、生殖に反対する美的考察が提示される。 ベネターが著書『 Better Never to Have Been 』などで議論しているのは、存在を得るあらゆる知覚ある存在への配慮から生殖に反対する立場である博愛主義的アンチナタリズムであるが、彼がここで議論するのは、その圧倒的な有害性から、ホモ・サピエンスという種に属する個体を新たに生み出すことに反対する厭人主義的アンチナタリズムについてである(博愛主義的議論の一つのアプローチである非対称性に基づく議論については、 コチラ を参照)。 厭人主義的な議論は、...

私たちの物語

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私たちの物語 ――語られるべき、私たちの物語について。 First written: 11 Nov. 2019; last update: -- --. ---- ▶Introduction 多くのものたちが、目隠しをされ、海に投げ込まれている。彼らは自分たちの状況を理解することもできず、ただ溺れないようにもがいている。 あなたもその一員である。だが、あなたは闇雲にもがいた結果、流れに乗り、幸運にも岸にたどり着くことができた。目隠しも外れ、自分が流れてきた方向を振り返ると、悲惨な光景が目に入ってくる。 誰もが死を恐れてパニック状態であり、自分が溺れてしまわないように、別の誰かを犠牲に必死で息を繋ごうとするものや、闇雲に暴れるためにますます溺れてしまうものも多い。 さて、あなたは彼らを救助するために何らかの努力をするだろうか? あるいは何もせずその場を立ち去るだろうか? もう一つ、別の質問をしよう。 「彼らは、自分たちが置かれている状況を理解していない」ということが、彼らを「救わない」理由になると思うだろうか? ▶自己複製子の誕生 "我々は生存機械、すなわち遺伝子として知られる利己的な分子を保存するために盲目的にプログラムされた、ロボットの乗り物なのだ。" ―リチャード・ドーキンス, "利己的な遺伝子" 1976年版 前書きより 私たち地球上の生物の歴史は、少なくとも約40億年以上前、ある特殊な性質を持つ分子が誕生したことに端を発している。その特殊な性質とは、自己複製の能力、すなわち自分自身のコピーを生み出す能力である。この種の能力を持つ情報ユニットは自己複製子と呼ばれる。 最初の自己複製子がどんな場所で誕生したのかはまだ明らかではない。海底なのか地上の温泉地帯なのか、あるいはまた別の場所なのか。いずれにしてもそこには、当然限りはあるが、自己複製子が自身のコピーを作るのに必要な資源は豊富であったはずだ。 自己複製の性質により、その自己複製子は周りの資源を利用し、自らのコピーを増やしていった。だが、あらゆる複製過程にはゼロでないエラーの可能性が伴う。そのため、もともと祖先を同じにする自己複製子たちも、様々な複製ミスを経て、次第に異なる変種として...

同じ倫理的コインの表と裏:アンチナタリズムとビーガニズム

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Two sides of the same ethical coin: Antinatalism and Veganism First written: 18 May 2018 Last updated: 8 Apr 2019  Contents: 出生産業の支持者⇒プロ-ナタリスト ブリーディング⇒搾取 Not Your Life⇒Not Your Choice! 1. 出生産業の支持者⇒プロ-ナタリスト 私の議論は、人類だけでなく、他のあらゆる知覚ある存在にも適用される。 ―デイヴィッド・ベネター 1 これは地球上の生命に関することだ。DNAのメカニズムに関することなのだ。 ―インメンダム 2 *** 「アンチナタリズムとビーガニズムにどんな結びつきがあるのか?」ととぼけた顔で聞くアンチナタリストは日本にも海外にも未だに多く存在している(日本ではその場合、アンチナタリストではなく反出生主義者を自称している場合が多いだろう)。 恐らく彼らは、家畜や伴侶動物として消費されるものたちは生殖によってではなく自然とどこかから湧いて出てくる存在だとでも思っているのだろう。 念のため言っておくが、もちろんそれは事実ではない。メスの動物たちが強制的に妊娠させられ、その子供たちが新たに地獄に出生させられている。 その数は家畜だけでも毎年数百億のオーダーである 3 。動物産業を支持するものは、例えばホモ・サピエンスの出生に反対するという意味で部分的にアンチナタリストではあっても、より一般的な基準からすればプロ-ナタリスト(積極的出生主義者)に分類されるのが自然であろう。 これに対し、アンチナタリズムと言っても動機は様々であるから、一概に一般的な基準を定めることは出来ない、という反論はよくあるものだ。しかし、その反論は全く持って正当なものではない。 もし何らかの倫理的な理由からアンチナタリズムを掲げているのなら、具体的なルートはどうであれ、それは必ず誰かの苦しみに対する配慮が基になっているはずである(そもそも、もしそうでないとしたら、それは倫理的主張として意味を成していない。そして、倫理的主張でないのなら、生む「べき」でないという主張の仕方をすることは出来ない)。そこで問題に...

野生動物の苦しみに関する極めて不都合な真実, The Vegan Strategistより

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野生動物の苦しみに関する極めて不都合な真実  The Vegan Strategistより The extremely inconvenient truth of wild animal suffering JUNE 1, 2016 ~ TOBIAS LEENAERT http://veganstrategist.org/2016/06/01/the-extremely-inconvenient-truth-of-wild-animal-suffering/ それほど前の話ではない。南アフリカのある場所で、若いシマウマが泥沼にハマっている。 彼女はパニックになっている。何も起こらなければ、彼女の泣き声とあがきは無駄になりすぐに窒息してしまうだろう。 しかし突如助けが入る:若いサイがシマウマを見て、その巨大な頭をその動物の下に入れ、泥沼から彼女をすくい上げる。一瞬、それはうまくいった救命行為のようも見える。しかし、サイはそのシマウマを突き刺して殺した牙の存在を忘れている。 安全な距離で別の存在が現場を見ている:一体のホモ・サピエンスである。 プロの自然写真家である彼は、そのドラマの一連の写真を撮影した。その男は干渉することができた。しかし後にジャーナリストに語ったように、彼は「自然は自然のままにする」ことが最善であると感じていた。 状況はこうだった。死に至る危険にさらされているシマウマは、彼女を救うことはできないサイに「救われた」(おそらく彼は遊ぶつもりだったか、単なる好奇心からだったのだろう)。一方、救うことができたヒトは傍観し運命にゆだねた。 救助が必要なヒトに出くわした時、少なくとも自分自身のリスクがほとんどあるいはまったくない場合は、我々は行動を起こすだろう。動物においては、この道徳的義務の感覚は持っていない。 特に野生動物は、我々が干渉すべきでない 別の世界に属しているように思われている 。だが、どうしてだろうか? 「自然」イコール「善」ではない。  未だに多くの人にとって、「自然であるもの」は、「良いもの」や「正しいもの」と同義だ。 自然界で起こることは起こらなければならない、でなければ起こるべきでない。あるいはそのような考えである。 それでも、ヒトの進化全体は、自然に対抗し、征服し...

手術の不要な不妊化法開発の背景と現状

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手術の不要な不妊化法開発の背景と現状 手術の要らない不妊化法を開発するために、どのようなアプローチが採られているのか、Linda Rhodesの論文 "New approaches to non‐surgical sterilization for dogs and cats: Opportunities and challenges." Reproduction in Domestic Animals 52 (2017)に簡潔にまとめられているので、その背景についての節を中心に、簡単に要約する。 背景 70年代の半ばから、手術の要らない犬猫の不妊法が研究されてきた。早期の研究では、性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)や透明帯タンパク質など、生殖にとって重要な抗原に対する免疫応答を引き出す技術に焦点が当てられた。また、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)についても研究が進められてきた。 過去数十年で、手術の要らない不妊化アプローチについて多くの研究が発表されてきたが、一つの例外を除いて、商用化に至ったものはない。その例外というのが、GnRH・アゴニスト・デスロリンを放出する長期的効用を持つインプラント(Suprelorin®: Virbac)で、EU、オーストラリア、ニュージーランドにおいて、6か月から12か月、オスの犬の妊性を抑制すると記載されている。 犬猫に効く免疫不妊剤(immunocontraceptive)で開発に成功しているものはない。あるオーストラリアの企業が犬のGnRHワクチンを開発したが、承認には至らなかった。GnRHワクチン(鹿と野生の馬用である、GonaCon TM )と、ブタ透明帯(porcine zona pellucida)ワクチン(野生の馬用である、Zona-Stat-H TM )が米国で承認を得ているが、どちらも永久的な不妊化の効果はない。 そして以下の部分は重要だ: 手術の要らない避妊法の開発は困難な問題であることが証明されてきた。犬や猫の生殖研究への資金提供の不足が状況を悪化させている。製薬会社は技術的理由と商業的理由を含めた様々な理由から、この分野への投資を渋っている。この資金不足は、イノベーションと新たなアプローチの不足に繋がる。手術による不妊化は、シェルターで...

培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性

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培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性: 我々は、新たな技術にどう向き合うべきなのか Kei Singleton Blog version. First written: 2 Sep. 2018; last update: 2 Sep 2018 Abstract 動物たちに多大な苦痛をもたらすことに加え、環境破壊や新興感染症発生の原因でもある破滅的なシステム――畜産に代わる新たな食糧供給手段として、培養肉(in-vitro meat)の生産可能性は注目を浴び、その開発が進められている。そして培養肉は、野生動物の管理や肉食動物の保護の際に与える食事としても期待されている。しかし、少なくとも現段階では、培養肉の製造はcruelty-freeではない。ここでは、そのような製造に伴う倫理的問題に加え、畜産の撤廃が人々の倫理観の底上げではなく培養肉などの代替製品の普及によって行われることで取り残される問題、そしてそれらの改善可能性及び培養肉の利用可能性について取り上げ、我々が取るべき態度について議論する。 Contents 1 Introduction 2 倫理的問題とその改善可能性 3 培養肉の本当の必要性 4 技術開発の問題と可能性およびそれらに対する向き合い方 5 Summary and Conclusion 1 Introduction  畜産は、気候変動の主張な要因であるだけでなく、土地利用、水利用、海洋酸性化、抗生物質の効かない耐性菌の発生、そして言うまでもなく、動物たちへの暴力と、それによってもたらされる途方もない苦痛の上に成り立っている。大量で安価な培養肉の実現は、それらの問題全てを解決、あるいは少なくとも大幅に改善する可能性を秘めている[1]。もちろん、これらの問題は、我々全員がビーガンになるという選択をすれば容易に解決されるものであり、培養肉の普及に伴って懸念される最初の問題として、他の解決手段を隠してしまうということが挙げられている[2]。あるいは、近い将来の培養肉の普及可能性が、現在畜産製品を購入し続ける口実に使われてしまうということも挙げることができる。また実際に培養肉などの代替製品の普及によって畜産業が撤廃されたとしても、人々の倫理観の底上げが起こっていない場合、種差別や暴力の根本...

Zoopolis、干渉と自然状態 by オスカー・オルタ

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Zoopolis、干渉と自然状態 これは Oscar Hortaによる論文『Zoopolis, Interventions and the State of Nature』の要約と抜粋である。 注意事項: 元論文内の引用を二重に引用する場合にややこしくなるため、元論文からの引用はインデントを変えず、文字の色を 青色 にして区別する。文字色が区別されない形式で閲覧している場合や、その他なんらかの理由で色の識別が困難な方は注意してほしい Zoopolis, Interventions and the State of Nature Oscar Horta 2013 Law, Ethics and Philosophy 1:113-25 Abstractはそのまま引用する: Abstract DonaldsonとKymlickaは Zoopolisにおいて 、動物たちを助けるための自然への干渉は許容されることもあり、場合によっては、一般に直面する危害から動物たちを救うことが義務的でもあるとも議論している 。しかし、彼らはこれらの干渉にはいくつかの制限が設けられなければならないとも主張している。でなければ、野生動物たちが形成する、自治的なコミュニティと同様に尊重されるべきコミュニティの構造を崩壊させかねないためであるという。これらの主張は、生態系のプロセスは動物たちが自然界で良い一生を送ることを保証するのだという広く抱かれている仮定に基づいている。しかし、残念ながらこの仮定は全く持って現実的でない。ほとんどの動物はr-戦略者であり、存在を得て間もなく痛みの中死んで行くし、成体まで生き残ったものも、一般におぞましい危害に苦しむ。それに加え、ほとんどの動物はZoopolisが記述しているような政治的コミュニティは形成しない。そのため、野性の動物たちの置かれた状況は、人道の危機や、修復不能なまでに破綻した国家に類似したものとみなすことができる。それはHobbesの自然状態がそうなるであろう状態に合致する。これは、ヒトでない動物たちを助けるための自然への干渉には、DonaldsonとKymlickaが主張するような制限が設けられるべきでないということを意味している。 1. Introduction この論文は、Su...

Anti-Suffering Anti-Life:アンチ-サファリング アンチ-ライフ

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Anti-Suffering Anti-Life アンチ-サファリング アンチ-ライフ "何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか?ー世間は常に燃え立っているのにー。汝らは暗黒に覆われている。どうして燈明を求めないのか?" ―ガウタマ・ブッダ[1] 美しい惑星の物語 我々の多くは、他のものを幸福にするために、意図しない苦しみを他者に強制することは悪いことだと信じている。しかし、これこそ出生のルーレットが行っていることである。例えば、ある赤ん坊は生まれて数日で痛みの中死んで行くだろうし、また別のものは生涯に渡る耐えがたい鬱病に苦しむだろう。これらの人々は、他のより幸福な人々が生まれて来られるようにするために生を強制されるのだ。 ...最良のオプションが自殺しかない一生に人々を強制的に送り出すことは、他のものが良い生活を送るために支払う代償としては大きすぎるものである。 ―ブライアン・トマシック[2] WHOの発表では、世界では推計3億2200万人が鬱病に苦しんでいる。世界人口の4%であり、日本の人口の3倍近くの数である。鬱病を主要原因として、年間80万人の人が自ら命を絶っている。これは、15歳から29歳の死因第2位で、40秒に1人が自らの生に終止符を打っている計算になる[3]。 想像してみてほしい。息苦しく、出口の見えない言い知れぬ不安や悲しみに襲われ続ける日々を。自分や自分に近しい存在の経験するものとして想像してみてほしい。 国連による発表では、2016年の飢餓人口は8億1500万人に達していた。これは、世界人口の11%、実に9人に1人の割合である。6秒に1人の子供が、その飢餓によって命を落としている。2050年には、この飢餓人口は(このままのペースで人口が増加するのならば)20億人増加すると予測されている[4]。 想像してみてほしい。栄養失調のために貧血、壊血病、皮膚発疹を起こし、壊疽(えそ)性口内炎によって顔面の組織が壊死していくことを。一時も満たされることなく、無力なまま息絶えていく一生を。自分や自分に近しい存在の経験するものとして想像してみてほしい。 世界には1億4000万人の孤児がおり、1億6800万人の子供が労働を強いられ、2億6300万人の子供が教育を受...

ヘドニズム的使命とは―簡単な解説

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ヘドニズム的使命とは ―簡単な解説― "我々の苦痛と同様の苦しみを経験している知覚ある存在がいる限り、その苦痛に自分の痛みや愛する人の痛みと同じ優先度と緊急性で取り組まなければならない"―デイヴィッド・ピアース > Contents ▶導入 ▶ポストダーウィン的世界 ▶なぜそれが私たちの使命なのか ▶ヒト以外の動物たち ▶私たちの使命 ▶Further reading ■導入 The Hedonistic Imperative―ヘドニズム的使命あるいはヘドニズム的責務―とは、哲学者デイヴィッド・ピアース(David Pearce)の提唱する世界から苦しみを根絶するための試みです。ピアースは、道徳的に正しいこととは、喜びを増やすことではなく、苦しみを減少させ、最終的には根絶することであるという立場( ネガティブ功利主義 )を支持することで有名ですが、彼は、どのような道徳的立場を取るかに関わらず、私たちはみな、苦しみのアボリショニスト(根絶論者)でなければならないと考えます。 まずピアースが指摘することは、どんな経済システムを採用し、どれだけ経済が成長し、どれだけ(通常の意味で)テクノロジーが進歩しても、人間社会から苦しみを根絶することはできないということです。その理由の一つとして、私たちのウェルビーイング(心理面を含めた健康のようなもの)の度合いは、遺伝情報によって決まってしまう部分が大きいということが仮定されています。 いくつかの双子の研究では、人にはそれぞれ、部分的に遺伝によって決まるウェルビーイングの度合いの基準点― ヘドニック・セットポイント があり、ウェルビーイングは生涯を通じてそのセットポイントの周りを揺らぐということが示されています。つまり、どんな環境で生きようとも、人生の満足度は生まれつき決まったセットポイントに縛られてしまうというのです。 ストレスをかけることでヘドニックセットポイントを下げることは可能ですが、実はこれも言うほど簡単なことではありません。例えば自殺率は、通常生活環境も悪化し、ストレスも増加する戦時中に下降するという研究もありますし、事故によって四肢性麻痺という深刻な状態に陥っても、その6ヵ月後には、事故の前と比べても、より不幸でもなく、より不幸...