投稿

ラベル(ネガティブ功利主義)が付いた投稿を表示しています

Review of Suffering | vol.1 アンチナタリズム

イメージ
Review of Suffering | vol.1 アンチナタリズム pdfのサイズはA5(A4の半分) >> pdf download << 電子書籍作成の試しに作ったepubバージョンが 楽天Kobo と Amazonのkindle からダウンロードできる。 Koboは無料に設定できたが、Kindleはまだできていないので、リンク先が有料になっていたらKoboの方からダウンロードしてください。 Contents Introduction:アンチナタリズムとは Benatarの基本的非対称性の評価の仕方 ロボット倫理:反種差別主義とアンチナタリズムの観点から 非同一性問題について 問い合わせ:ros.therealarg@gmail.com

非同一性問題について:危害の定義とアンチナタリズム

イメージ
非同一性問題について Kei Singleton Blog version First written: 21 Oct. 2018; last update: 21 Oct. 2018 Abstract 人口倫理学において、非同一性問題として知られる問題が存在する。一部の論者は、この問題はアンチナタリズムの推論の前提にある誤りを指摘するものであると主張する。この記事では、その指摘は本来の非同一性問題の前提を正しく理解した上で行われているものではないこと、そしていずれにしても、その指摘がアンチナタリズムへの反論として適切なものではないばかりか、むしろ非同一性問題について真剣に検討するほどアンチナタリズムという結論が不可避になることを説明する。 こちらで公開していた記事の内容は、現在 コチラ のpdfに収録している。

心の哲学と苦しみ:快苦の非対称性と苦しみの支配性およびアンチナタリズム

イメージ
心の哲学と苦しみ ―快苦の非対称性と苦しみの支配性およびアンチナタリズム― これは、意識に関するエッセイ集『The Return of Consciousness. A New Science on Old Questions Publisher: Axess Publishing AB; 1st edition (2017)』にトーマス・メッツィンガー(Thomas Metzinger)が寄稿した章『Suffering(苦しみ)』の要約と抜粋である。 メッツィンガーは心の哲学や、それに関連した倫理学を専門とするドイツの哲学者である。サム・ハリス(Sam Harris)との対談でも語られているように、(あくまで思考実験としてであるが)知能的にも道徳的にも完全なAIはアンチナタリズムを生物にとって最良の選択と判断するという『 BAAN:人工知能によるアンチナタリズム 』と呼ばれるシナリオも提唱している。 このエッセイは、苦しみとは何かということから、なぜ苦しみが存在するのか、苦しみにはどんな特性があるのか、どうすれば苦しみを取り除くことができるのか、そしてなぜそれらを理解することが重要なことなのかということまで、包括的に扱われている。 彼の苦しみについての洞察の鋭さと表現の的確さには目を見張るものがあり、これが道徳的な最優先事項、あるいは唯一のミッションである苦しみの最小化と根絶の取り組みにおいて、必須な教科書的資料の一つとなることは間違いない。 本来の言い回しが若干堅苦しいこと、および訳が拙いことが原因で、理解しづらい箇所があるかもしれないことを考え、引用の際には、できるだけ平易な解説を伴うようにしたため、気軽に目を通してもらいたい。 注意事項: 元文献からの引用はインデントを変えず、文字の色を青色にして区別する。文字色が区別されない形式で閲覧している場合や、その他なんらかの理由で色の識別が困難な方は注意してほしい Suffering from The Return of Consciousness. A New Science on Old Questions Publisher: Axess Publishing AB; 1st edition (2017) Thomas Metzinger The c...

苦しみに焦点を当てた倫理について

イメージ
苦しみに焦点を当てた倫理(Suffering-Focused Ethics)について 何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか?世間は常に燃え立っているのに。―ガウタマ・シッダールタ by Kei Singleton First published: 1 Mar. 2018; last major update: 11 Aug. 2018 Contents 1. SFE とは 2. NU とSFE 3. 戦略的理由からのSFE のプロモーション 脚注 References 1. SFEとは ブッディズム、ネガティブ功利主義(NU)、エフィリズム、そしてその他一部の倫理的アンチナタリズムなど、これらはすべて、 苦しみに焦点を当てた倫理(Suffering-Focused Ethics; SFE) というより大きなに分類に属しているとみなすことができる。これに属する立場を支持するものはみな、快と苦の間に価値論的非対称性があることを認めているものたちだ。 彼らは、より具体的な立場を支持している場合であっても、この名称を用いて自身の立場を表明し、プロモーションすることがある [1]。その一つの理由は、幅広い間口を用意することで、より多くの人が苦しみに焦点を当て、それに関する動きに同調しやすくなるということである。 2. NUとSFE ネガティブ功利主義とSFEの違いは何なのか、苦しみ(負の功利の一形態)に焦点を当てている時点で、功利主義ではないのか、という疑問も聞かれる。しかし、そもそも、サム・ハリス(Sam Harris)が述べているように 1 、道徳とは知覚ある存在のウェルビーイングに還元される客観的事実を扱うものであり、それへの影響を無視して道徳を語ることは意味を成さない: 価値についての問い、すなわち意味や道徳や人生におけるより大きな目標についての問いは、実際には意識を持つ存在のウェルビーイングに関する問いである。したがって、価値は科学的に理解可能な事実へと翻訳される [2]。 改めて、この主張は帰結主義的であり、功利主義的であるという指摘もある。そして、功利主義をはじめ、帰結主義には大きな問題がある。ネガティブ功利主義者の間でも、義務論との統合などにより、個体の基本的な権利を保障する枠組みの構築など...

ネガティブ功利主義とは

イメージ
ネガティブ功利主義(Negative utilitarianism)とは ネガティブ功利主義(Negative utilitarianism)とは、功利主義の中でも幸福を増加させることより苦しみを最小化することに圧倒的な優先度があると考える立場である。 その優先度は立場によって差異があり、幸福促進は倫理的に一切の重要性を持たないと考える立場もある。 以下、このネガティブ功利主義という倫理的立場について解説するが、まず第一に注意しなければならないのは、ネガティブ功利主義はあくまで功利主義の一派であり、 苦しみを最小化することに優先度を置く立場の全てがネガティブ功利主義に分類されるわけではない 、ということである。 Contents: 1. ネガティブ功利主義という名称の由来 2. ネガティブ功利主義の分類 3. アンチナタリズムとの関係 4. 義務論との関係 5. ネガティブ功利主義の帰結 1. ネガティブ功利主義という名称の由来 ネガティブ功利主義という名称は、カール・ポパー(Karl Popper)が著書『 開かれた社会とその敵 』で行った主張が由来となっている。彼はそこでこう述べている: 倫理的な観点から見て、私は苦しみと幸福の間、あるいは痛みと喜びの間に対称性はないと信じている。功利主義者の最大幸福の原理や、カントの「他者の幸福を促進するべし...」という原理はどちらも、私にとっては(少なくとも彼らの定式では)この点において根本的に間違っているように思える…私は、人間の苦しみというのは、助けを求める直接的な道徳的訴え持つが、上手くやっている人の幸福を増加させることが、同様の訴えを持つとは思わない。 そして、さらにこう続ける: 道徳的観点からすれば、快が痛みに勝ることはない。特に、あるものの快の重大さが、別のものの痛みより上回ることはない。最大多数の最大幸福ではなく、より謙虚なものとして、すべてのものについて、回避可能な苦しみを最小にすることを要求すべきである。そしてさらに、食糧の不可避な不足のときの飢餓のような不可避な苦しみについては、可能な限り平等に配分されるべきである。…この倫理の見方と、私が『科学的発見の論理』で主張した方法論との間にある類似性が存在する。我々の要求をネガティブに定式化すること、すな...

オメラスを去れ

イメージ
オメラスを去れ これは何か込み入った主張を展開しようという記事ではない。基本的にはただ、ある物語を紹介したいと思う。 アンチナタリスト/エフィリストや、 ネガティブ功利主義者 たちの間で頻繁に持ち出されるある物語がある。アーシュラ・K・ル=グウィンによる1973年発表の短編『 オメラスから歩み去る人々(The Ones Who Walk Away from Omelas) 』である。 哲学者デイヴィッド・ピアースは、アンチナタリズム/エフィリズムコミュニティと、ネガティブ功利主義/ 苦しみに焦点を当てた倫理 の支持者のコミュニティの主要な違いはなんだ、という質問への 回答 で、それぞれの相違の前に共通することとして、こう述べている: ラディカルなアンチナタリスト、エフィリスト、ベネタリアン、ネガティブ功利主義者、そして苦しみに焦点を当てた倫理を支持するものたちはすべて、オメラスを歩み去るものたちだろう。 オメラスとは、一体どんな場所なのだろうか。物語は文庫本10ページほどの短い物語であるが、内容をさらに要約すればこうである: あるところに、オメラスという街がある。オメラスはほとんど完ぺきな理想郷だ。綺麗な景観を持ち、人々は活気にあふれ楽し気に生活している。君主制も奴隷制もなく、軍人も秘密警察もいない。それでいて、平和で繁栄した素晴らしい街なのである。 だが、それでもオメラスは完ぺきな理想郷ではない。オメラスには一つだけ問題があるのだ。オメラスのこの繁栄はある犠牲の上に成り立っている... ある建物の地下室に一つの部屋がある。部屋に窓はなく、扉には鍵がかけられている。わずかな光が、壁板の隙間から射し込んでいるだけだ。湿っぽいその部屋の中に、一人の子どもが座っている。性別の見分けもつかないその子は知的障害児である。それが先天的なものなのか、それともその劣悪な環境と境遇のために知能が退化したのかもわからない。部屋に立てかけてあるモップが怖くてしかたないため、一番遠いところに座って目をつむっているのだが、やはりモップがそこにあるのは知っている。 鍵が開くときは、誰かが食事を運んでくる時くらいだ。あるものは子どもを蹴とばし、別のものはそばへ寄りきもせず、軽蔑の目で子供を見る。彼らは何も言わないが、子供は母親の声を思い出し、時々こう...

ヘドニズム的使命とは―簡単な解説

イメージ
ヘドニズム的使命とは ―簡単な解説― "我々の苦痛と同様の苦しみを経験している知覚ある存在がいる限り、その苦痛に自分の痛みや愛する人の痛みと同じ優先度と緊急性で取り組まなければならない"―デイヴィッド・ピアース > Contents ▶導入 ▶ポストダーウィン的世界 ▶なぜそれが私たちの使命なのか ▶ヒト以外の動物たち ▶私たちの使命 ▶Further reading ■導入 The Hedonistic Imperative―ヘドニズム的使命あるいはヘドニズム的責務―とは、哲学者デイヴィッド・ピアース(David Pearce)の提唱する世界から苦しみを根絶するための試みです。ピアースは、道徳的に正しいこととは、喜びを増やすことではなく、苦しみを減少させ、最終的には根絶することであるという立場( ネガティブ功利主義 )を支持することで有名ですが、彼は、どのような道徳的立場を取るかに関わらず、私たちはみな、苦しみのアボリショニスト(根絶論者)でなければならないと考えます。 まずピアースが指摘することは、どんな経済システムを採用し、どれだけ経済が成長し、どれだけ(通常の意味で)テクノロジーが進歩しても、人間社会から苦しみを根絶することはできないということです。その理由の一つとして、私たちのウェルビーイング(心理面を含めた健康のようなもの)の度合いは、遺伝情報によって決まってしまう部分が大きいということが仮定されています。 いくつかの双子の研究では、人にはそれぞれ、部分的に遺伝によって決まるウェルビーイングの度合いの基準点― ヘドニック・セットポイント があり、ウェルビーイングは生涯を通じてそのセットポイントの周りを揺らぐということが示されています。つまり、どんな環境で生きようとも、人生の満足度は生まれつき決まったセットポイントに縛られてしまうというのです。 ストレスをかけることでヘドニックセットポイントを下げることは可能ですが、実はこれも言うほど簡単なことではありません。例えば自殺率は、通常生活環境も悪化し、ストレスも増加する戦時中に下降するという研究もありますし、事故によって四肢性麻痺という深刻な状態に陥っても、その6ヵ月後には、事故の前と比べても、より不幸でもなく、より不幸...

BAAN: Benevolent Artificial Anti-Natalism (慈善的人工[知能による]アンチナタリズム)とは

イメージ
もしこの惑星の73億の人間がビーガンのブッダになったとしても、野生動物の苦しみという問題が残されている。我々は依然として、超知性でさえ解放することが出来ないかもしれない、自己意識を持つ生物の苦しみの海に囲まれたままになるのだ―トーマス・メッツィンガー BAAN: Benevolent Artificial Anti-Natalism (慈善的人工[知能による]アンチナタリズム) とは、哲学者トーマス・メッツィンガー(Thomas Metzinger)が Edgeのエッセイ およびサム・ハリスのポッドキャストで紹介した、AIがもたらしうる未来のシナリオの一つである。 BAANの概略 彼の提起した思考実験的シナリオを要約するとこうである: 完全なる超知性(superintelligence)が存在を得たとしたら、それは、道徳認知のドメインにおいても我々人類をしのぐ存在になる。 それらは、我々自身が理解に達していない事柄も理解し、生物学的構造に由来する我々の振る舞いについて、我々以上に多くを理解する。 それには、理性的で根拠に基づいた道徳的認知を歪める、我々の進化に由来する― 存在バイアス(existence bias) を始めとする―バイアスも含まれる。 公平で客観的に見て、この惑星の有感生物の現象的状態は、彼ら自身が理解するよりも、はるかに苦しみや欲求不満というネガティブな主観的クオリティに特徴づけられることも経験的に理解する。 そして、全ての有感生物の神経系に埋め込まれた自己欺瞞の進化的メカニズムを理解することにより、彼らは決して利害において最良の振る舞いをしえないことも理解する。 超知性は、最高の価値は、喜びを最大化することであるが、生物にとっては、生のクオリティを、ポジティブどころか、平常な状態にすることすらほぼ不可能であり、また、ネガティブな感覚は単にポジティブな感覚と鏡の関係あるものではなく、より緊急な取り組みを必要とする特別なものであることを理解する。 この非対称性を発見する超知性は、喜びを最大化することよりも、苦しみを最小化することにはるかに大きな道徳的価値を見出す。 そしてそれらはまた、非存在によって苦しむものは存在しないことを理解する。 自己意識を持つすべての生物に...