サイケデリックドラッグとEgo Death

サイケデリックドラッグとEgo Death

Kei Singleton 
First published: 7. Apr. 2019;
Last updated: 7. Apr. 2019


はじめに

その心療効果への期待から、近年シロシビン(マジックマッシュルーム)やLSDといったサイケデリックドラッグがヒトの意識に及ぼす影響の研究が進められている。 ここでは、LSD研究を中心に、近年の研究の背景と動向およびその成果を概観し、それが拒絶主義思想の文脈で持ちうる意味を議論する。 LSDはスイスの化学者アルバート・ホフマンによる麦角アルカロイドという成分の研究を通して生み出された幻覚剤で、幻覚を含んだ意識の劇的な変容をその作用の特徴とする。

その作用は当時から学術的な研究対象として関心を惹いたが、レクリエーションドラッグとしてもアメリカの若者を中心に利用され、1960年代から70年代に発展させられたサイケデリックカルチャーの広まりの原動力となった。 1960年代後半の非合法化に伴って学術的研究も中断していたが、近年シロシビンなど他のサイケデリックドラッグの研究結果(例えば(Carhart-Harris et al 2012, Lebedev et al. 2015))に感化され、再び意識にもたらすその作用の研究が行われるようになってきている。


Ego Death

LSDの体験報告として特筆すべきことは、自己と他者の区別を失い、宇宙と一体化するような神秘的経験である。 この自己と環境との境界を失い、「私」という感覚あるいはエゴ(自我)を消失する現象は、エゴの死(ego death)あるいはエゴの喪失(ego loss)などと呼ばれる。 拒絶主義者ゴータマ・ブッダの思想の核心こそまさに、このエゴは実体のあるものではなく、私たちの感覚や思考が産む錯覚であると同時に、あらゆる苦の根源であるということであった。 そして彼はこのエゴを消し去る術も具体的に示した。ただしこれは、自殺をするとか、(睡状態にさせるというような意味で)意識を失わせるということを意味するわけではないということには注意が必要である。

哲学者トーマス・メッツィンガーは、苦から解放される術としていくつかのオプションを検討している(Metzinger 2016)。 その中でもこの文脈において重要なのは次のオプションだ:一つ目は「存在をやめること」。しかしこれはあまりにラディカルであり、場合によっては非常に大きな苦を伴ったり、邪悪な選択となってしまう。そのため、メッツィンガーがこのオプションのより現実的な形として提示するのが、初めから新たに存在を与えないこと、すなわちアンチナタリズムである。 二つ目は、「意識的経験を消去すること」。 これも、場合によっては実質的には一つ目と同じ結論に達するだろう。 そして重要なのが三つ目のオプション「苦しみが自己のものであるという認識をなくすこと」である。 これは、経験している知覚とそれが私のものであるという結びつきを失わせることであり、ブッダの示した方法は、一つ目でも二つ目でもなく、この三つ目のオプションと深く関係するものである。 彼がその具体的な手段として示したのはサイケデリックドラッグを用いた方法ではなく、(非常に限定的な意味での)瞑想を中心とした手段であり、この方法の有効性も近年の研究で実証され始めているが(Brewer et al. 2013, Brewer and Garrison 2014)、脳イメージングなどの現代的な技術を用いた同様の研究によって、サイケデリックドラッグによって誘発されるエゴの消失の神経科学的基底が明かにされ始めている(Carhart-Harris et al. 2016, Tagliazucchi et al. 2016)。


自己モデル

自分たちが経験している世界というのは、ありのままの物理的世界ではない。 それは、私たちの五感が収集した情報に解釈という処理を加えて構成されたものに過ぎない。 それも、錯視の体験などの例からもわかるように、五感が得た生の情報に非常に大胆な処理が加えられたものである。 私たちが経験している世界は、知覚を通して得られる世界の情報に基づいて構成される「シミュレーション」に過ぎないのだ。

脳の重要な機能の一つは、先に起こることを予測することであり、予測符号化理論(predictive coding theory)によれば、脳はこの先に経験する知覚を事前に予測してモデル化し、その後実際に経験して収集するデータとの不一致を誤差データとして処理する。 このプロセスを繰り返して学習を行うことで、脳はその誤差を最小化するようモデリングの精度を向上させていく。 よく挙げられる例が、街中などの雑踏の中でもスムーズに会話ができるということだ。私たちの耳が受け取っている情報には、話し手の言葉だけでなく周囲の騒音も含まれるのだが、私たちの脳は事前の知識を利用することで、時間をかけることなく、即座に話し手の言葉とノイズを分離し、クリーンな会話に焦点を当てた世界を構築することができる。 これが、脳が外界から受け取る情報の中から必要と思われる情報のみをスクリーニングして、モデルあるいはシミュレーションを構築するという意味である。 そして、重要なことは、「私」という存在もまた、そのシミュレーションを「外」から観察している存在ではなく、そのシミュレーションの一部であり、その「中」にあるものだということである。 メッツィンガーはそれがシミュレーションであることを強調し、自己モデル(self-model)という用語を導入している(Metzinger 2003)(念のため注意しておくが、ここで述べているのは物理的世界や自己という感覚を生成する有機体の存在自体がシミュレーションであるということでは決してない)。

しかし、私たちは通常、この自己モデルを通して世界を見ることしかできず、自己モデル自体を見ることはできない。トール・ノーレットランダーシュはこの状況を記述するために、自己モデルの概念とは独立にユーザーイリュージョンというコンピュータ・サイエンスに由来する概念を導入している(Nørretranders 1991)。コンピュータ(あるいは現在ならスマートフォンでもタブレットでもいい)を操作するとき、そのユーザーは画面上の親切なアイコンを介して作業を行う。例えば「手紙」の絵をクリックするなりタップするなりしてメール画面を開き、不要なメールは「ゴミ箱」の絵の中に放り込む。このときコンピュータが実際にそれらの操作の背後で行っているのは、ポストを開くことでも、ゴミ箱に丸め込んだ手紙を放り込むことでもなく、狂ったように並ぶ0と1という数字を用いた計算である。しかし、ユーザーはコンピュータが実際に行う計算ではなく、アイコンによって行える処理のイメージさえあればいい。このイメージがユーザーイリュージョンである。ノーレットランダーシュは、この状況は私たちの意識に関する状況と非常に似ていることに気が付いた。彼はこう説明する:

ユーザーは大量の0と1にまったく無関心でいられる。ユーザーにとって興味があるのは、ユーザーイリュージョンが示すもの―書きかけの章、完成した章の入ったフォルダ、未解決の事柄やメール、出来そこないの文章、未整理の考えなどが収められたフォルダ、といったものだけだ。

ユーザーイリュージョンはメタファーであり、実際の0と1など相手にしない。そのかわり、0と1が実際に何ができるかを問題にする。そう考えると、ユーザーイリュージョンは、意識というものを説明するのにふさわしいメタファーと言える。私たちの意識とは、自己と世界のユーザーイリュージョンなのだ。

改めてここで、私たちが経験する世界が、私たちのためのユーザーイリュージョンなのではなく、「私」という存在も含めてユーザーイリュージョンであるということに注意しないといけない


エゴの神経基底

自己モデルは複雑な階層性をなしていると考えられているが、高次の階層では、記憶や想像を含んだ思考に、それが「私のものである」という感覚を付加するプロセスが含まれ、自身の記憶や信念を語る際、その物語の主体として紡ぎ出される「語り手的な自己」を構築する認知機能が含まれる。LSDなどのサイケデリックドラッグの主要な作用の一つは、この自己モデルを担う認知機能に著しい変化を及ぼすことである。

サイケデリックドラッグ研究で明らかにされたことは、脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれ特定の脳部位間のつながりと、エゴの消失に強い相関が見られるということだ。DMNは、日常生活でも何かに集中しているときは活動が低下し、思考がさまよっているときに活発になる。 またそのサブ領域である後帯状皮質(PCC)は、過去や未来のについての思考を含めた、自己言及を行う過程において重要な役割を果たしていると考えられている。例えば、「この形容詞は自分を表していますか?」といった自分に関する質問と、「この形容詞は米国大統領ジョージ・ブッシュを表していますか?」といった他者に関する質問に、それぞれ評価形式で答える作業をさせた場合、自分に関する問いを評価する場合の方が、PCCを含めたDMNを構成する部位の活動が活発化することが確認されている(Kelly et al. 2002)。

通常、何らかの作業に集中している時を除いて、私たちの思考は絶えず記憶の想起や未来の(空想的な)予測に従事しており、DMNの活動が活発になっている。そして、この雑多な思考によって、語り手的な自己が形成されると考えられる。サイケデリックドラッグはこの活動を抑制することで、自己の形成を阻害するのだと考えられる。一方、ドラッグに誘発されるエゴの消失は、通常は互いに分離している領域間のコミュニケーションの増大とも相関しており、それによって自己と環境との間の境界が拡大され、曖昧化されるのではないかとも研究者らは議論している(Tagliazucchi 2016)。

いずれにしても、近年の研究が示すことは、自己とは確固たる実体のない流動的なものであり、場合によっては効果的な形でそれを消去することもできるという見方の神経科学的裏付けである。ブッダが説いたように、自己とはあらゆる苦の根源であり、自己の消去こそすでに存在を得たものが苦から解放される手段である。 一方で、エゴの消失と一言で言っても、その質的性質は一様ではなく、少なくともいくつかの異なる側面に分解することが可能であるという分析がなされており(Millière et al. 2018)、今後自己のメカニズムのより深い理解に光が当てられていくことが期待される。クリス・レザビーらも、これらのエゴの消失は、自己は一部の研究者が示唆するような単なる語り手的な役割以上のより堅固な認知機能を持つものであるという見方によって最も良く説明できると議論する(Letheby and Gerrans 2017)。ただし、私たちに必要なのは、エゴの神経科学的全容でも意識の根本的なメカニズムでもなく、エゴのどの側面をどのように消去することが苦からの解放に必要であるかということであるため、その点に焦点を当てた発展がなされることが期待される。


おわりに

鬱状態の脳では、DMNの活動が過剰になっていることが確認されており、自己言及的な思考から逃れることができなくなっている(Greicius et al. 2007, Northoff 2014, Coutinho et al. 2016)。不安や鬱を抱いている人々の自己モデルは、ネガティブな経験を繰り返し想起し、それらにとらわれてしまう傾向にあると表現することができる。しかし近年の研究は、サイケデリックドラッグがそれらの状況改善に有効であるという裏付けを与えている。ジェランとレザビーは、以下のような期待を示している:「理論的には、私たちの自己モデルのメカニズムを、そしてまた私たちが自身の経験をどう整理して解釈するのかを、再エンジニアリングすることが可能になるはずである」(Gerrans and Letheby 2017)。そしてすでにシロシビンを用いた研究では、強迫性障害(OCD)の症状を著しく和らげたり(Moreno 2006)、末期がん患者の不安や鬱を和らげる効果が示唆されていたりしており(Grob et al. 2011)、より幅広い精神疾患の治療のための応用に期待が寄せられている。

だが、不安や鬱を含めた苦痛に悩まされているのは、特定の精神疾患を持っている人たちだけではない。あらゆる知覚ある存在の主観的経験はほぼ苦痛に支配されている。改めてこのトピックに関連して最も重要な事柄は、苦の担い手としてのエゴの完全な消去である。これは、2500年ほど前にゴータマ・ブッダが示した、すでに存在を得たものが苦痛から解放されるための拒絶主義的実践の帰結であり、(非常に限定的な意味での)瞑想という手段によって彼自身が実践して見せたものである。 そして近年、一種の瞑想はサイケデリックドラッグ同様に、PCCを中心としたDMN機能変容を及ぼし、実際にエゴの死を導くことが研究により実証されている。これらの知識は、メタ倫理学から野生動物の苦しみの問題まで、拒絶主義思想の核心に決定的な影響を及ぼしうる。ただし、瞑想に関する表面的な捉え方は有害な誤解を生み出すため、慎重な議論が必要である。この拒絶主義としてのブッディズムとエゴの死についての概略は別記事『現代ブッディズム:拒絶主義とエゴの消去』を参照してもらいたいと思う。


参考文献

  • Brewer, J., Garrison, K. A. and Whitfield-Gabrieli, S. (2013). What about the “self” is processed in the posterior cingulate cortex?. Frontiers in human neuroscience 647.
  • Brewer, J. and Garrison, K. A. (2014). The posterior cingulate cortex as a plausible mechanistic target of meditation: findings from neuroimaging. Annals of the New York Academy of Sciences 1307.1, 19-27.
  • Carhart-Harris, R. L., et al. (2012). Neural correlates of the psychedelic state as determined by fMRI studies with psilocybin. Proceedings of the National Academy of Sciences 109(6):2138-2143. 
  • Carhart-Harris, R. L., et al. (2016). Neural correlates of the LSD experience revealed by multimodal neuroimaging. Proceedings of the National Academy of Sciences 113(17):4853-4858.
  • Coutinho, J. F., et al. (2016). Default mode network dissociation in depressive and anxiety states. Brain imaging and behavior, 10(1), 147-157.
  • Gerrans, P.  and Letheby, C. (2017).  Model Hallucinations Aeon. https://aeon.co/essays/psychedelics-work-by-violating-our-models-of-self-and-the-world
  • Greicius, M. D., et al. (2007). Resting-state functional connectivity in major depression: abnormally increased contributions from subgenual cingulate cortex and thalamus. Biological psychiatry 62(5): 429-37. 
  • Grob, C. S., et al. (2011). Pilot study of psilocybin treatment for anxiety in patients with advanced-stage cancer. Archives of general psychiatry 68(1):1-78.
  • Lebedev, A. V., et al. (2015). Finding the self by losing the self: Neural correlates of ego‐dissolution under psilocybin. Human brain mapping, 36(8), 3137-3153.
  • Letheby, C. and Gerrans, P. (2017). Self unbound: ego dissolution in psychedelic experience. Neuroscience of consciousness 2017(1).
  • Millière, R., et al. (2018). Psychedelics, meditation, and self-consciousness. Frontiers in psychology 9:1475.
  • Metzinger, T. (2003). Being no one: The self-model theory of subjectivity. MIT Press.
  • Metzinger, T.  (2016). Suffering. In Kurt Almqvist and Anders Haag (eds.), The Return of Consciousness. Stockholm: Axel and Margaret Ax:son Johnson Foundation. (このエッセイの概要は、本ブログ記事『心の哲学と苦しみ』で扱っている。)
  • Moreno, F. A., et al. (2006). Safety, tolerability, and efficacy of psilocybin in 9 patients with obsessive-compulsive disorder. Journal of Clinical Psychiatry 67(11): 1735-1740.
  • Nørretranders, T. (1991). The user illusion: Cutting consciousness down to size. New York: Viking.
    ――(2002) ユーザーイリュージョン―意識という幻想.  柴田裕之 訳. 紀伊國屋書店.
  • Northoff, G. (2014). How is our self altered in psychiatric disorders? A neurophenomenal approach to psychopathological symptoms. Psychopathology, 47(6): 365-376.
  • Tagliazucchi, E., et al. (2016). Increased global functional connectivity correlates with LSD-induced ego dissolution. Current Biology. 26(8):1043–50.




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