社会的意味論:群淘汰理論はどれほど有用であってきたか

社会的意味論:群淘汰理論はどれほど有用であってきたか


本記事では、群淘汰理論が進化生物学の分野でどのような評価を受けているのかを概観するための資料として、S. A. West、A. S. GriffinおよびA. Gardnderによるcommunication論文 (2007) の内容を要約して紹介する。

この論文の内容は、我々は群淘汰に関して三種類の誤った認識を抱いているというD. S. Wilson (2007) の主張に対する反論であり、Wilsonらの主張を具体的に取り上げて問題を指摘している。


◆概要

まず、原論文の概要をそのまま引用する:
我々の社会的意味論のレビュー (J. Evol. Biol., 2007, 415–432) では、群淘汰に関連する誤解や混乱の原因について議論した。Wilson (2007, this issue) は、我々は群淘汰に関する三つの誤りを犯していると主張している。ここでは、この主張に反論するために、我々のレビューから関連する点をより詳細に説明することを目的としている。過去45年間の研究は、血縁淘汰のアプローチおよび群淘汰のアプローチの相対的利用の明確な証拠を提供している。血縁淘汰の方法論はより扱いやすく、群淘汰アプローチの有用性を説明するためにWilsonが選択した例を含む特定の生物学的事例に対して、より簡単に適用できるモデル構築を可能する。対照的に、群淘汰アプローチは有用性が低いだけでなく、しばしば、徒労につながる混乱を助長することにより、ネガティブな帰結をもたらすように思われる。より一般的には、血縁淘汰理論は、あらゆる分類群に適用できる統一された概念的要約の構築を可能にする一方で、群淘汰にはいかなる形式理論も存在していない。

◆誤認1:古い群淘汰と新しい群淘汰

Wilsonによれば、一つ目の誤認は「古い」群淘汰理論と「新しい」群淘汰理論の間には、歴史的に概念的にもつながりがない、というものだ。ここで彼らが古い群淘汰論といっているのは、いわゆる「自然淘汰は群単位で作用し、生物には種の保存のために行動する基本的な本能が備わっている」といったいわゆるナイーブな群淘汰論のことである。

しかし、Westらは、それらの間につながりがあることには元々同意しているが、重要なことは、新たな群淘汰は、「生物体は包括適応度を最大化しようとしているかのように振る舞うことが期待される」という原理と全く整合する一方で、古い群淘汰は群レベルの淘汰が自然淘汰における唯一の駆動力であると仮定しているという決定的な違いがあるということである。

両方のアプローチがたまたま一致することはあり得ても、包括適応度のアプローチこそより一般的で、群内の淘汰の程度にかかわらず正確な予測を与えるものであるということをWestらは強調する。

◆誤認2:古い群淘汰

Wilsonの言う二つ目の誤認は、60年代に起こった群淘汰の棄却は未だに完全に正当化されているもので、再検討すべきことは何もない、という認識である。これに対しWestらはきっぱり、「血縁淘汰では説明できない群淘汰の例は、理論的にも経験的にも存在しない」(p.375)と述べる。Wilsonは古い群淘汰が重要となる例として、二つのケースを挙げるが、これらはどちらも群淘汰に頼らずに説明できることをWestらは説明する。

Wilsonの一つ目の例は、リソースが限られた環境で大腸菌(Escherichia coli)が協調的に静止期(stationary phase)に入るケースである。stationary phaseは文字通り、繁殖率と死滅率が釣り合って個体数が定常になるフェーズのことである。こうすることで、リソースの消費が抑制され、生存の機会が増加する。

問題は、分裂率を低下させず出し抜こうとする個体によって静止期が利用され、戦略が台無しにされてしまう可能性があることだ。しかし、この協調的行動は血縁淘汰によって容易に説明できる。相互作用するバクテリアは互いに高い血縁度を持っている可能性が高く、リソースの消費を抑制することは間接的な適応度の増加につながるからである。

Wilsonの二つ目の例は、バクテリアに感染するファージの取る戦略についてで、ファージは弱い毒性を持って宿主のリソースをゆっくりと搾取するか、強い毒性を持って素早く搾取するかの二通りが可能である。

ゆっくりと搾取する場合、長期的に見れば高い繁殖率を得ることができるが、前の例同様にこの戦略もまた出し抜かれることがありうる。しかし、説明も前の例用に血縁淘汰によって与えることができる。

すなわち、効率的な搾取はファージの個体間の血縁度が高い場合で、局所的な遊走の場合がこれにあたるため、低い毒性が選択されるが、遊走が増加すると、血縁度は下がり、強い毒性が選択される。

Wilsonは、そこで見られる毒性の減少は、群淘汰によって進化したものだという確立された事実だと主張しているが、これに対してWestらは、Wilsonのその主張は「いかなる参考文献によっても裏付けられていない」し、むしろ、寄生生物の毒性に関しては、血縁淘汰の重要性を強調するものであり、「古い群淘汰を必要とすることを示唆する研究は理論的にも経験的にも存在していない」(p.375)と指摘する。

◆誤認3:新しい群淘汰

Wilsonの言う三つ目の誤認は、新たな群淘汰は、血縁淘汰と比べていかなる新たな洞察ももたらさないので、基本的な有用性が疑わしい、というものである。これに対してWestらは、彼らが過去の論文で述べたのは、新たな群淘汰は間違いではなく有用にもなりうるが、多大な混乱をもたらすということだと指摘したうえで、新たな群淘汰の問題を議論する。

彼らは、Wilsonが反論できていない三つの中心的問題として、以下の事柄を挙げる:
  1. 血縁淘汰理論によって同じ結果が得られないような群淘汰理論がこれまで構築されたことはない。
  2. 群淘汰理論によるアプローチは、血縁淘汰理論と比べて有用でないことが証明されてきた。
  3. 群淘汰理論は多大な混乱と時間の無駄をもたらす。

■集団粘性

Wilsonは、二つの、新たな群淘汰が洞察を与える例を与えている。そのうちの一つが、集団粘性(population viscosity)が協力や利他性の進化に与える影響である。集団粘性は制限された散布(limited dispersal)とも呼ばれ、環境中からの個体数の分散の制限を意味する。

集団粘性と協力の関係はHamiltonによって考察され、彼は集団粘性があることによって血縁度を高く保たれることから、協力行動が有利に働くと考えた。しかし後にHamiltonは、ことはそれほど単純ではなく、粘性は血縁者間の競争も促すため、協力に不利な圧も働くことに気が付いた。問題はどちらの効果が相対的に強く働くかである。

Wilsonらは、単純なシナリオの下では、それらの効果は相殺し、粘性の効果はほとんど無視できる程度になるということを示した。しかし、群淘汰の方法では、この現象について解析的な説明を与えることはできなかった。よってWilsonらは、一般的な解釈において有用でないパラメータに依拠するシミュレーションに頼ることになった。

この問題は、Taylorの解析的な説明を与える血縁淘汰の手法により解決された。よって結果的にこの問題は血縁淘汰の有用さを表す例となった。この分野のその後の発展も、同様の結論を示している。

■人類内の協力

Wilsonによる別の例は、人類内の強い互酬性(strong reciprocity)である。強い互酬性とは、互いに助け合うが、そうしない個体には懲罰を与えるという生得的な傾向のことである。これについてWestらは「群淘汰がその根底にある駆動力を明確化するのに失敗し、混乱をもたらしてきた分野として、これ以上の例を思いつくのは困難である」(p.378)。と述べている。

Westらは、強い互酬性の進化に関する元の論文 (e.g. Gintis, 2000; Fehr & Fischbacher, 2003; Gintis et al., 2003; Bowles & Gintis, 2004) では、群淘汰論が解析解を与えないために、一般にシミュレーションによるアプローチが取られているのだが、群淘汰の観点で解釈が与えられていること、そして、多くの新たな専門用語を導入し、血縁淘汰は作用していないと主張されてはいるものの、どのようにこれらのモデルが作用しているのかは不明瞭である、ということを指摘している。

一方、血縁淘汰は群淘汰がもたらしたこの混乱を解消している。
血縁淘汰モデルは、罰または協力は、それが、実行者に直接適応的利益を提供する場合か、または制限された分散が血縁者に間接的な適応的利益をもたらす場合にのみ有利になることを示している (Gardner&West、2004a; Gardner et al., 2007b; Lehmann et al., 2007b)。これにより、罰あるいは強い互酬性は、それまで示唆されていたように、協力に代わる進化的説明なのではなく、協力に直接的または間接的な適応的メリットを提供する特定のメカニズムにすぎないことが明らかにされた (Lehmann et al., 2007b)。さらに、血縁淘汰アプローチは、協力と罰が独立して進化することを許可されない場合などの不合理な仮定を浮き彫りにし、場合によってはモデルが著者らが考えていたものと逆のもの――利他主義ではない――を分析していたことを示した (Lehmann et al., 2007b) (p.378)。

◆歴史的分析

Westらは、血縁淘汰と群淘汰の相対的な有用性を比較するために、性比の問題を巡る議論を分析している。Hamilton (1967) は、少数の母親の子供の間で、娘が分散する前に交配が生じるとき、彼が局所的配偶競争 (local mate competition; LMC)と呼んだプロセスによって、メスに偏った性比が有利になることを示した。

Taylor (1981) は、包括適応度の観点から、このバイアスは二倍体生物で有利になることを示した。なぜなら、このバイアスは
(a) 兄弟間の競争を減らす
(b) 息子により多くの配偶者を与えられる
からである。

対してWilsonとColwell (Colwell, 1981; Wilson & Colwell, 1981)は、このバイアスは群淘汰によるものだと議論した。後にこの議論は単に意味論的な問題であり、どちらも数学的には等価なものだということが示された (Frank 1986)。また、性比のバイアスは群構造がない場合でもありうることも示された (Bulmer & Taylor 1980)。

それ以来、LMCの分野は多大な成功をおさめ、Hamiltonの理論は様々な方面で具体的な検証可能なものとなった。これにより、群淘汰と血縁淘汰のアプローチのどちらが相対的に有用な理論であってきたかを定量的に分析することができる。Westらの結果では、彼らが取り上げたLMCが特定の生物体に関して拡張された15のケースすべてで、群淘汰ではなく血縁淘汰のアプローチが用いられていたことが示された (lbid. Table 2参照)。

◆群淘汰の形式的な理論は存在しない

群淘汰のアプローチが有用でない決定的な理由の一つとして挙げられるのが、そもそも群淘汰というのが適切な定義の与えられた概念ではない、ということだ。そのため、形式的な群淘汰理論というのは存在しておらず、群淘汰理論と呼ばれるものは、互いに関連性のないそれぞれ一般性に制限のあるいくつもの実例的なモデルの折衷物で、場合によってはその中で互いに矛盾しているものもある。

数学的に最もエレガントなのは、Price理論によって与えられる淘汰の階層性(levels-of-selection)形式である。Price理論によるアプローチは、血縁淘汰と群淘汰二つの見方の変換を可能にする。

しかし、「これは群淘汰の形式ではないと議論されてきた。というのも、この形式では、進化的な説明として必要でないような状況でも、群淘汰が作用しているという判断してしまう可能性があるのだ」(p.380)。

例えば視力の良さのような、個体に直接的な利点を与えるような非社会的形質について考えると、ある集団は、単により適応度が高い個体を含むというだけの理由で、より適応的になりうる。この場合、淘汰は別の集団の方よりある集団の方に有利に働くが、これは群淘汰とは言わない、というコンセンサスがある (Heisler & Damuth, 1987; Sober & Wilson, 1998; Okasha, 2006; Wilson & Wilson, 2007)。

他にも、「文脈解析(contextual-analysis)」アプローチと呼ばれるものもあるが、詳細は割愛するとして、このアプローチも問題を抱えている。これについてWestらは
これらの問題は、淘汰の階層性や文脈解析の欠点を反映しているのではなく、群淘汰という概念それ自体の欠陥を反映している。群淘汰のアイディアがあるとしても、それを数学的に捉えることは不可能であり、そのためにそのアイディアは科学的領域の外側に置かれることになる。もし理論が形式的に定義できないのなら、それは科学的とは言えず、我々は信仰の領域に入っていくこととなる(p.380)。
と強く主張する。

また、すべての群淘汰理論が血縁淘汰に翻訳できるとしても、群淘汰の形式的理論を欠いているために、逆は必ずしも成り立たない、という事態も生じうる。例として、血縁淘汰は生殖価値とクラス構造のある個体群における遺伝子頻度の変化を統合したが、群淘汰ではこの問題を扱うことができない。

◆結論

結論もそのまま引用して締めよう:
ある階層では、血縁淘汰と群淘汰は、数学的操作や、進化プロセスを概念化するための異なる方法にすぎない。しかし、実用的な観点からは、血縁淘汰のアプローチが自然界を理解するために利用できる、より広く適用可能なツールであることは、これ以上に明確にできないほどである。理由は、通常、血縁淘汰の方法論がより使いやすいため、特定の生物学的例によりよく関連付けられるモデル構築を可能にするため、それ自体を経験的に検証をしやすいものとするため、そして一般的概念の概要構築を可能にするためである。さらに、群淘汰のアプローチは有用性が低いだけでなく、無駄な努力につながる混乱を助長することにより、しばしばネガティブな結果をもたらすように思われる(誤認2と誤認3、およびWest et al. 2007b; pp.420–421およびp.424-425を参照)。これは、次のような理由からである: (a)群淘汰に関する議論は、実際の生物体に適用することが困難である単純化されたモデルに基づいて、限られた人数の理論家たちだけが続けられていること(誤認3を参照)。(b)検証可能な予測を行う理論モデルは、血縁淘汰理論で構築される傾向があること(Tabel 1および2 ※元論文参照)。(c)社会進化に関心のある実証的生物学者は、対応する群淘汰パラメーターではなく、血縁度のの血縁淘汰係数を測定すること(Queller&Goodnight, 1989)。群淘汰は、それ自体が一般的な進化的アプローチではなく、非形式的とはいえいくつかの問題を概念化するための潜在的に有用な手段と考えるのが最善である。

参考文献(元論文の参考文献リストは元論文を参照)

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