老いの現代生物学:私たちはなぜ老いるのか

老いの現代生物学:私たちはなぜ老いるのか


はじめに

老いは私たち動物の多くにとって、最も大きな苦しみの原因の一つである。そこで、いかにして老いを食い止めることができるのか、若返りは可能か、不老不死は(様々な意味で)良いことなのか、あるいはそもそも、老いをどのように定義し、どう分類すべきなのか、など、老いに関して問うべきことは多くある。

だが実は、そもそも第一に問うべきことの一つ、「私たちはなぜ老いるのか」という問いに対しても、コンセンサスの得られた答えはまだ与えられていない。ここでは、老いに関するいくつかの競合する理論や仮説を概説したKunlin Jinの論文  "Modern biological theories of aging."  (2010) を紹介する。

Jin, Kunlin. "Modern biological theories of aging." Aging and disease 1(2) (2010): 72.

概要だけ紹介しようと思ったが、あまりにコンパクトにまとまっているので、全訳載せさせてもらうことにした。以下はすべてその論文の内容である。

■概要

近年の分子生物学および遺伝学における進歩にもかかわらず、ヒトの寿命を制御する謎はまだ解明されていない。 プログラム理論とエラー理論という二つの主なカテゴリーに分類される多くの理論が、老化の過程を説明するために提案されてきたが、どちらも完全に満足のいくものではないように思われる。これらの理論は複雑に相互作用している可能性がある。既存および新たな老化理論を理解し検証することで、順調な老化を促進することが可能になるかもしれない。

■老化の理論

なぜ私たちは年をとるのか?私たちはいつ老化を始めるのか?老化のマーカーは何か?私たちが成長できる年齢に限界はあるのか?これらの問いは、過去数百年の間、人類によって深く考えられてきたことである。しかしながら、近年の分子生物学および遺伝学における進歩にもかかわらず、ヒトの寿命を制御する謎については、未だに解明されていない。

老化の過程を説明するために多くの理論が提案されてきたが、そのどれも完全に満足のいくものではないようである(1)。伝統的な老化理論は、老化は適応でも遺伝的にプログラムされたものではないと考える。現代の人間の老化の生物学的理論は、主にプログラム理論とダメージ理論あるいはエラー理論という二つのカテゴリーに分類される。プログラム理論は、老化は、おそらく幼年期の成長と発達を調整するものの延長である、生物学的タイムテーブルに従うものだというものである。この調節は、維持、修復および防御反応に関与するシステムに影響を及ぼす遺伝子発現の変化に依存するだろう。ダメージ理論あるいはエラー理論は、加齢の原因として、さまざまなレベルで累積的な損傷を誘発する、生物に対する環境の襲撃を強調する。

プログラム理論には3つのサブカテゴリがある。1)プログラムされた寿命。 老化は、特定の遺伝子の連続的なオンオフの切り替えの結果であり、老化は、加齢に伴う欠損が現れる時間として定義される。Davidovic博士らは、加齢における遺伝的不安定性の役割と加齢過程のダイナミクスについて論じている(1)。2)内分泌理論。生物学的時計は、ホルモンを介して老化のペースを制御する。最近の研究は、加齢がホルモンによって調節され、進化的に保存されたインスリン/IGF-1シグナル伝達(IIS)経路が加齢のホルモン調節において重要な役割を果たすことを確証している。 van Heemst博士は、IISと老化プロセスの根底にある潜在的なメカニズムについて議論している(2)。 3)免疫学的理論。免疫システムは経時的に低下するようにプログラムされており、これが感染症、ひいては加齢および死に対する脆弱性の増大をもたらす。免疫系の有効性は思春期でピークに達し、その後年齢と共に徐々に低下することは十分に実証されている。例えば、年齢が上がるにつれて、抗体は効力を失い、身体によって効果的に対処できる新たな病気は減り、それが細胞ストレスと最終的な死を引き起こす(3)。実際、調節不全の免疫反応は、心血管疾患、炎症、アルツハイマー病(AD)、および癌と関連している。これらの有害な結果すべてについて直接的な因果関係が確立されているわけではないが、免疫系は少なくとも間接的には関係している(4)。

ダメージまたはエラー理論に含まれるのは、1)消耗理論。細胞や組織は、老化の原因となる生命維持に必要な磨耗する部分がある。老朽化した車の部品のように、身体の一部は繰り返し使用することで消耗して死に至り、やがては身体をも殺す。そのため、1882年にドイツの生物学者、August Weismann博士によって、老化の消耗論が初めて導入された。これは、私たちの周囲の最も身近なものに起こることであるため、今日でも多くの人々にとって全く合理的と受け取られる。 2)生命活動率理論。生物の酸素基礎代謝速度が速いほど、その寿命は短くる(5)。老化の生命活動率理論は、有用ではあるが、最大寿命を説明するのに完全に適しているわけではない(6)。 Rollo博士は、成長の備え付けのアンタゴニズム(TOR)とストレス耐性(FOXO)を強調したPearlの生命活動率理論の修正版を提案している(7)。 3)架橋理論。老化の架橋理論は、1942年にJohan Bjorkstenによって提案された(8)。この理論によれば、架橋タンパク質の蓄積は細胞および組織に損傷を与え、身体プロセスを減速させて老化をもたらす。最近の研究は、研究対象のタンパク質における、年齢に関連した変化に架橋反応が関与していることを示している(9)。

4)フリーラジカル理論。 1954年にGerschman博士によって最初に導入されたが、Denham Harman博士によって発展させられたこの理論(10, 11)は、スーパーオキシドや他のフリーラジカルが細胞の高分子成分に損傷を与え、累積損傷を引き起こし、細胞、そして最終的には臓器の機能を停止させるのではないかと主張する。核酸、脂質、糖、タンパク質などの高分子はフリーラジカル攻撃を受けやすい。核酸は追加の塩基あるいはまたは糖基を得ることができる。主鎖を一本鎖および二本鎖の様式で切断し、他の分子と架橋する。身体はこれらのフリーラジカルの危険な蓄積を抑制するのを助けるいくつかの天然の酸化防止剤を酵素の形で持っている。これらを失うと、細胞の死亡率は著しく増加し、その後の平均余命は減少することになる。この理論は、抗酸化剤を与えたげっ歯類がより長い平均寿命を達成したという実験によって支持されている。しかし、現在では、この初期の提案とは一致しない実験的な発見がいくつかある。Igor Afanas'evによるレビューは、活性酸素種(ROS)シグナル伝達がおそらく細胞老化および生物の老化進行に関与する最も重要な酵素/遺伝子経路であり、ROSシグナル伝達が老化のフリーラジカル理論のさらなる発展として考えられることを示している(12)。 5)ソマティックDNA損傷理論。DNA損傷は生きている生物の細胞で絶えず生じる。これらの損傷の大部分は修復されるが、DNAポリメラーゼやその他の修復メカニズムでは明らかに発生したほどの速さで欠陥を修正することはできないため、累積するものもある。 特に、哺乳動物の非分裂細胞におけるDNA損傷蓄積については、証拠が存在している。遺伝子変異は加齢とともに発生して蓄積し、細胞の劣化や機能不全を引き起こす。 特に、ミトコンドリアDNAの損傷はミトコンドリアの機能不全につながりうる。そのため、老化は、身体の細胞の遺伝的健全性へのダメージから生じる。

1930年代以来、カロリーを制限することで、実験動物の寿命を延ばせることがわかっている(13)。根本的なメカニズムの解明を試みる多くの研究が行われた。しかしながら、私たちの知識は1990年までの遺伝的および分子的レベルに限定されたままである(14)。最近、Michael Ristowのグループは、この効果が抗酸化防御能力の増加の二次誘導を起因するミトコンドリア内でのフリーラジカル形成の増加によるによるものであるという証拠を提供した(15)。この特集号では、Shimokawa博士とTrindade博士が、げっ歯類モデルにおけるカロリー制限に関連する遺伝子あるいは分子に関する最近の知見、特にげっ歯類のカロリー制限の効果における、下記のフォークヘッドボックスO転写因子、AMP活性化プロテインキナーゼ、およびサーチュイン(特にSIRT1)の役割について論じている(14)。

例えば65歳以上の人々で診断されているADなど、一部の神経疾患は、加齢とともにリスクが高くなると考えられている。彼らの病理に関与するプロセスの分子基盤の発見あるいは加齢モデルシステムの作成および研究は、老化プロセスのよりよい理解の助けになるかもしれない。初期段階では、ADの最も一般的に認識されている症状は、新しい記憶を獲得できないことであう。最近の研究は、成人脳の海馬における内因性神経幹細胞が記憶機能に関与している可能性があることを示している(16)。それと一貫して、海馬における神経幹細胞機能は加齢と共に減少するが(17)、その理由はまだ明かではない。テロメアの維持が、広範な細胞の代謝回転を伴う臓器の幹細胞機能の長期的持続に不可欠であろうことはよく知られている(18)。 1961年に、Hayflick博士は、ヒトの細胞の分裂能力はおよそ50回ほどに制限されており、その後分裂を止めることを理論化した(Hayflickの加齢限界理論)(19)。

テロメア理論によると、テロメアは、連続的な細胞分裂のたびに短くなっていくことが実験的に示されている(20)。卵細胞や精子細胞などの特定の細胞では、テロメラーゼを使用してテロメアを染色体の最後まで回復させ、細胞が増殖を続け、種の存続を促進できるようにする。しかし、ほとんどの成体細胞はこの能力を欠いている。テロメアが限界の長さに達すると、細胞は目に見えた速さで複製を停止する。それにより細胞は死に、最終的にはその生物全体の死につながる。テロメラーゼは、広範な幹細胞分裂後のテロメア短縮を完全には防ぐことはできず、幹細胞複製歴の適時限界およびその後の老年期における臓器恒常性の維持における漸進的減衰の推定メカニズムを提供する(18,21)。最近の研究は、海馬の神経幹細胞においてテロメアが年齢とともに短くなること、およびテロメラーゼ欠損マウスが神経形成の減少ならびに神経分化および神経突起形成の機能不全を顕わにすることを示している(22)。まとめると、これらの知見は、脳の老化、神経幹細胞および神経学的疾患の間の関連を示唆している。 Taupin博士は、神経疾患の病因における成人の神経形成の役割を強調し、老化と神経形成との関連を論じている(23)。

全体として、複数の老化理論が提唱されているが、現在この問題についてコンセンサスはない。提唱されている理論の多くは複雑な方法で互いに相互作用している。既存および新たな老化理論を理解し検証することで、順調な老化を促進すること、また人類の寿命を延ばすことも可能になるかもしれない。

■参考文献

[1] Davidovic M, Sevo G, Svorcan P, Milosevic DP, Despotovic N and Erceg P (2010). Old age as a privilege of the "selfish ones" Aging and Disease, 1: 139-146

[2] van Heemst D (2010). Insulin, IGF-1 and longevity. Aging and Disease, 1: 147-157

[3] Cornelius E (1972). Increased incidence of lymphomas in thymectomized mice--evidence for an immunological theory of aging. Experientia, 28: 459

[4] Rozemuller AJ, van Gool WA and Eikelenboom P (2005). The neuroinflammatory response in plaques and amyloid angiopathy in Alzheimer's disease: therapeutic implications. Curr Drug Targets CNS Neurol Disord, 4: 223-233

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[23] Taupin P (2010). Aging and Neurogenesis, a Lesion from Alzheimer's Disease Aging and Disease, 1: 89-104

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