ビーガンFAQ - よくある質問と返答集

―Frequently Asked Questions― (よくある質問)


移行作業も含め(のんびり)編集中



by Kei Singleton
First published: 10. Oct. 2017;
Last updated: 4. July. 2019


ビーガニズム=
×完全菜食主義
×肉嫌い
×動物愛護
×信仰
〇反差別運動

(そのうちもうちょっとおしゃれなやつにします)

―Index―


1.でも植物も..
┗わからないだけで植物にも知覚があるかもしれないのでは?
┗動物が本当に苦しむかわからないのでは?
┗苦痛が問題なら、苦痛なく殺せばよいということになるのでは?
2.でもライオンも...
3.菜食は健康に悪いのでは?
 ┗菜食で命を落とした子供がいると聞いたけど?
 ┗ビタミンB12は?/サプリメントが必要な食事は不完全ではないか?
 ┗タンパク質は?
4.価値観を押し付けないでくれないか?
5.食べるものに困ってる人のことを考えないのか?
6.全員がビーガンになったら持続不能では?
7.動物を食べるのは自然なこと/昔から食べてきたからいいのでは?
 ┗人間も自然の一部だから、その行いをやめさせようとするのは間違いでは?
 ┗肉食によって人類の脳の発達が促進されたのだから、肉を食べるべきなのでは?
8.ヒトラーも菜食主義者だったらしいけど?
9.作物の栽培でも動物が犠牲になるのでは?
10.ビーガンが増えたら畜産関係者が職を失うのでは?
 ┗ビーガンは畜産関係者を差別してるのでは?
11.個人の自由では?
12.ヒト以外の動物は道徳的に配慮する必要はないのでは?/種が違うのだから当然では?
 ┗ヒト以外の動物に権利を与えるという発想には無理があるのでは?
 ┗ヒト以外の動物は道徳や権利なんて認識しないから自己満足では?
13.ビーガニズムは宗教じゃないか?
14.感謝して食べているからいいでしょう?
15.犠牲を出したくないなら山にこもってればいいんじゃないか?
 ┗ビーガンだって動物産業によって成り立つ社会に生かされてるのだから、矛盾しているのでは?
16.ビーガンって草ばっか食べてるんでしょ?
 ┗わざわざ肉や乳製品の代替品を食べるってことは、本当はやっぱ動物製品が食べたいんでしょ?
 ┗ビーガンは母乳も反対なんでしょ?
17.我々が食べなければ、そもそも家畜は存在/存続することができないのでは?
 ┗家畜の絶滅は生物多様性の保護の理念に反するのでは?
 ┗家畜の種の保存の本能を無視するのか?
18.売られている肉はすでに殺された動物だから、食べても食べなくても同じでは?
19.アクシデントを含め、犠牲をゼロにすることはできないから、ビーガンになっても無駄では?
20.人工的環境下で飼育される動物も苛酷な自然で過ごすよりマシでは?
21.ビーガンも生活の制限を要求することで他者に苦痛をもたらしているのでは?
22.ベジタリアニズム(菜食主義)とはどう違うの?
23.戦闘的ビーガニズムとはなに?



1.でも植物も...



・「でも植物は/も...」からはじまるのは、Plants tho(プランツゾウ)と呼ばれるビーガニズムに対する最も一般的な議論の一つ。「でも植物にも命が...」という議論であれば、そもそもビーガニズムは搾取される対象の感覚や感情を尊重する思想であり、命を主題としたものではないため、この時点で論理的誤謬(藁人形論法)である。 また、命はすべて平等であるから等しく扱うべき、あるいは、命の平等さのみを考慮し、扱われる対象者の感覚や感情の応答を考慮する必要がない、というのであれば、当然ホモサピエンスの命も平等であるため、ホモサピエンスの搾取も正当化されることになる。そこで感覚や感情を理由にホモサピエンスのみを議論から除外することは、自身の主張の前提から許されない。 より詳しくは Vegan Encyclopedia - プランツ・ゾウろんぽう【Plants tho 論法】を参照

┗動物が本当に苦しむかわからないのでは?

・これは、知覚や感情の進化的な機能を考慮すれば明らかなことだ。知覚や感情は、気まぐれな神が飾りつけとしてホモ・サピエンスにのみ備え付けたおまけではなく、危害を避け、危険を学習し、仲間を配慮するなどの行動が自然淘汰を通して有利に働くために、動物の中で形成され、洗練されてきた機能である。

自身の身体を拘束したり破壊したりする外力に対して肯定的な反応をするよう神経が配線されている動物と、それらを苦痛に感じ、回避するよう行動する動物がいたとした、どちらの個体の遺伝子が自然淘汰に選り好みされるかは明らかだろう。

ホモ・サピエンスもその進化の歴史を通じて誕生した一種の猿に過ぎず、基本的な知覚および情動機能がホモ・サピエンスに固有であるという進化的な系統樹を断絶したような見方が恥ではないのは、せいぜいダーウィン以前の時代までである。

動物の意識的知覚の存在や、進化的起源については、例えば『意識に関するケンブリッジ宣言』や、以下のトッド・E. ファインバーグとジョン・M. マラットの研究を参照してもらいたい。

その他、生物学者リチャード・ドーキンスの議論や、ユヴァル・ノア・ハラリの議論も参照。

・万が一、相手の情動が不確かであっても、「よって苦痛を経験する可能性のあることを行ってもいい」とはならない。相手がヒトである場合、必ずしも行う必要があるわけではないうえ、相手が苦しむかどうかわからないがその可能性が十分考えられる場合「慎重を期してすべきではない」という選択をするはずであり、不確かさを向こう見ずな行動の正当化の理由に使うことはないだろう。まして彼ら自身に何の利益もない行為であるなら、なおさらである。

改めて、神経科学、動物行動学などの知見から得られたヒトでない動物たちの意識的知覚の存在の裏付けに加え、進化的な観点から見た場合の考察により、彼らが苦しむと考える理由は科学的に十分であるため、例えあなたが共感の能力を一切欠いていても、彼らに苦しむ可能性のある行いをしないという理性的に十分な理由が存在する。

少なくとも、ヒトでない動物たちが我々よりも痛みを感じにくいと考える一般的な理由は存在しない。そして、いかなる場合も疑わしきは彼らの利害にとって有利になる見方をすべきである。牛に焼印することや麻酔をせず去勢すること、そして闘牛などは、同じことをヒトにするのと道徳的に同等のものとして扱われるべきである。―リチャード・ドーキンス『魂に息づく科学:ドーキンスの反ポピュリズム宣言

┗わからないだけで植物にも知覚があるかもしれないのでは?

・植物に外的な刺激に対する反応は認められても、動物に似た意識的感覚を持つと考えられる科学的根拠は一切存在していない。いかなる根拠も伴わない「かもしれない」だけでは、理性的な議論において意味を持ちえないし、すでに明確で、科学的に合意の得られている動物の感覚について考慮する必要性がないという主張の根拠にもなりえない。

2019年7月3日、ジャーナルTrends in Plant Scienceに掲載された記事において、植物学者リンカーン・テイツ(Lincoln Taiz)をはじめとする7人の生物学者たちは次のように述べている:
植物が生き残るため、あるいは生殖するために、意識、感情、および意図などのエネルギーのかかる精神的な能力を必要とし、したがってまた進化させたという証拠は一切ない。
他にも、植物学者のダニエル・チャモヴィッツの研究が植物の意識を支持するものとしてたびたび持ち出されるだが、チャモヴィッツ自身こう述べている
植物は認識をしません。私たちが葉っぱを切り落とす時、私たちは植物が苦しんでいるだろうと思ってしまいます。しかし、それは、私たち自身が事態を擬人化しているのです。 あなたは、明確に植物を殺すことができます。しかし、植物はそのことを気にしません。
もう一つ、ノンビーガンあるいはアンチビーガンがしばしば内容を読まずに言及する埼玉大学の研究者の研究に関する記事を引用すると
言葉の使い方は飛躍してしまうかもしれませんが、グルタミン酸が植物における「神経伝達物質」のような役割をしていることがわかりました。
植物が本当に「痛み」を感じているかはわかりません。ただ、少なくとも自分が傷つけられた時に、どういう仕組みでそれを感じているかは明らかになったんです。
論理的には飛躍しているかもしれませんが、「痛い」といったキャッチーな言葉を使って説明しました。 
と研究者自身が述べている通りである。すなわちこの研究は植物が外的侵害の情報を内外に伝達するという以前からわかっていた現象に関するメカニズムの詳細の一部を明かしただけであり、植物に動物の脳に対応するその情報を処理する中央処理システムが存在することを示したわけでも、それを用いることなく意識的知覚を経験する「誰か」(統合された経験の主体者)を生み出す手段があることを示したわけでも決してない。

ちなみに、テイツらの記事でも引用されている神経科学者トッド・E. ファインバーグと、進化生物学者ジョン・M. マラットの研究(例えばコチラ)では、植物は意識を持ちえない一方で、改めて、魚を含めた脊椎動物、昆虫やカニなどの節足動物、そしてタコやイカなどの頭足類は、意識を生成する神経基底を有すると考えられる基準を満たすと述べられている。

・仮に植物にも配慮が必要であるとするなら、そのままの通り、植物にも配慮が必要であるとなるだけであり、動物に配慮が必要ないとはならない。そして、植物に配慮するのであれば、植物の消費も圧倒的に少なく済ませられるビーガニズムの方が依然として優れた選択だということになる。

・FYI:ある研究によると、一部の人は石や植物などの非意識的対象を擬人化せずに理解する能力が乏しく、「石は冷たさを感じる」などの文章に同意しやすい。また、その傾向がより包括的な超自然的信仰につながりうるそう。

"異なる意見を持つことはできるが、科学的事実を知らないのであれば、その意見は大して相手にされるべきものとはならない。
もし牛が痛みを経験することができると思うなら、レタスはどうなのだ?という人もいる。…動物の福祉に関する議論でしばしば聞かれるこのような主張は、科学的な無知を反映している。"―ユヴァル・ノア・ハラリ『動物福祉に関する議論における科学者の役割

┗苦痛が問題なら、苦痛なく殺せばよいということになるのでは?

・まず、論理の問題として、「知覚あるものを害してはいけない」ということは「知覚がなければ何をしても良い」を必ずしも含意しない。知覚を持つことは最低限の道徳的地位を持つ決定的な条件であるが、その条件を退けるのではなく、他の条件を考慮することで、知覚がなくともある種の存在への配慮の必然性を示すことができる(具体的な議論は以下に示す)。

そのため、「ビーガニズムを受け入れることは、植物人間などが守られなくなるということであるため、積極的に動物の搾取をつづけなければならない」という奇怪な主張は(数ある問題点のうち、この点だけを見ても)誤った主張であると言える。 

・これが畜産における屠殺についてのことなら、畜産は屠殺の瞬間以外に多くの苦痛を強いるものであるため、仮に屠殺が無痛だとしても、問題はほとんど解決されない。 次に、屠殺以外の全てのプロセスが理想化された場合の畜産や、その他殺し一般について考える。この場合の答えは具体的な状況にもよるし論者にもよるが、一つ明確に共通していることは、その質問の答えは現在の動物の搾取を正当化することにも、ビーガニズムの思想を揺るがすことにも繋がらない、ということだ。 

もし「YES」と答えたらどうするのだろうか?「苦痛がなければ殺してよいなんて残酷で許容できない!」というだろうか?もしそうだとしたら、苦痛をもたらしたうえで殺していることは、少なくともそれと同等か、それ以上に残酷で許容不能であると認めていることになる

ここで、誰かの命を終焉させる際、あるいはその他の形で身体に損傷を与える際、苦痛を伴わせることとそうでないことが道徳的に等価であると考えるのなら、例えば妊娠初期の中絶と十分神経系が発達した後の中絶、安楽死と安楽でない形での自殺補助、(同意の得られない幼児などを対象とする)やむを得ない強制的な手術で麻酔を使う場合と使わない場合などの行為の質的な違いも存在しないということになる。この種の主張は妊娠初期の中絶も成体のヒトを殺すことと同等であるという原理主義的なpro-liferが行うような主張につながる。

あるいは、苦痛がなければ殺してよいとしてしまったら、ヒトも対象に含めた無痛の大規模殺戮が横行するのではないか、ということを懸念しているのかもしれない。(それが現在の動物の搾取の現状より悲惨だとは思わないが)それはありえないから心配する必要はない。 

もしその対象がヒトや、少なくとも他の一部の哺乳類であれば、誰かの命を奪うことで遺されたものに大きな苦痛を及ぼす可能性があるため、いくら当個体が苦痛を感じなくとも、無害な殺しとはならない。それに、そのケースでは苦痛を生じさせなくとも、実際に苦痛を及ぼす形での殺しを促進しかねないし、特にヒト社会では、社会的な混乱ももたらすだろう。当然そこには不安や恐怖などのネガティブな主観的経験が含まれる。また、仮に畜産などで苦痛のない飼育と屠殺の方法が見出されたとしても、それを現在の規模で行うことには無理がある。

 よって、結論としては、「苦痛の生じない殺し」というのは原理的には可能でも、現実的には実行不能であるため、考慮する必要はない。最も現実的な代替としては、動物の細胞を培養して作られる人工肉だろう。それは実際の動物の肉でありながら、苦痛も殺害も介さずに大量生産しうる。 

仮に苦痛を生じさせないからと言って、それが許されるということにもならないという見解も当然存在する。その議論の一つの例は、以下の動画(5:15辺りから)


および関連する議論として以下の動画(19:00辺りから) リチャード・ドーキンスとピーター・シンガーの対談(日本語字幕) を参照

2.でもライオンも...



・「でもライオンも...」からはじまるのは、Lion tho(ライオンゾウ)と呼ばれる、Plants thoと並ぶビーガニズムに対する最も一般的な議論の一つ。この議論が有効なのは、あなたがライオンと同等の理性しか持ち合わせないか、あるいはライオンと同じように他に選択肢がない場合だけだろう。 

この主張が、野生動物の苦しみを考慮して行われているものであるなら、確かにそれは無視すべき問題ではない。しかし、野生動物の苦しみの問題に取り組むことはビーガンになることと当然両立することであり、まず可能な選択としてビーガンになり、その問題について取り組んでいけばいい。

 ・Vegan Encyclopedia - ライオン・ゾウろんぽう【Lion tho論法】を参照

 関連: 『19.アクシデントを含め、犠牲をゼロにすることはできないから、ビーガンになっても無駄では?』

3.菜食は健康に悪いのでは?


・栄養学的に問題ない。

 ●カナダ栄養士会の見解
健康なビーガンダイエットには、肥満、心臓病、高血圧、高血圧コレステロール値、2型糖尿病、特定の種類の癌のリスクを減少させるなど、多くの健康上の利点がある。 食品やサプリメントから、十分なタンパク質、鉄、亜鉛、カルシウム、ビタミンDとB12、オメガ3脂肪を摂取する計画が必要となる場合もある。健康なビーガンダイエットは、妊娠中娠、授乳中、あるいは高齢期を含め、人生のあらゆるステージで必要なすべての栄養素を満たすことができる。 https://www.dietitians.ca/your-health/nutrition-a-z/vegetarian-diets/eating-guidelines-for-vegans.aspx

●米国栄養士会の見解:
完全菜食すなわちビーガンダイエットを含め、適切に計画されたベジタリアンダイエットは、健康面でも、栄養面でも適当であり、特定の病気の予防と治療において、健康上の利益をもたらすこともできるというのが、米国栄養士会の見解である。 http://jandonline.org/article/S0002-8223%2809%2900700-7/fulltext

また、以下の研究では、プラントベース食をグローバルに適用した際のメリットを定量化している:
●Analysis and valuation of the health and climate change cobenefits of dietary change (食変化による健康と気候変動へのコベネフィットの解析と評価)
Springmann, Marco, et al. (2016). Proceedings of the National Academy of Sciences 113.15, 4146-4151
  • グローバルなビーガン食の普及では、2050年までに800万人の命を救うことになると研究は示している。
  • ベジタリアン食の場合では730万人。
  • また、食生活の変化により、ヘルスケアの支出と生産力の低下を減らすことで、毎年1兆ドルの支出を減らせる。
  • 失われる命の経済価値を考慮すれば、年間30兆ドルにも及ぶ。これには気候変動の影響で起こりうると考えられる異常気象を防ぐことによる経済的利益は含まれていない。


Vegan Sidekickの回答を参照


┗菜食で命を落とした子供がいると聞いたけど?

・それらのケースは、菜食であることが原因ではなく、単純に標準的な菜食としても不十分なものであることが原因であり、菜食に限って生じる問題ではない。実際に、そのようなケースが生じる割合が、ビーガンの子供において著しく高いというデータも存在しない。

 ・Vegan Sidekickの回答を参照

┗ビタミンB12は?/サプリメントが必要な食事は不完全ではないか


・B12は唯一ビーガンが、サプリメントや添加食品から摂取することを推奨される栄養素であるが、添加食品やサプリメントを含んだ食事法が問題となるわけではない。事実、あなたが日々口にしている製品のパッケージを見てみたら、普段意識しないだけで、実に多くの製品が人工的に栄養素を添加されているものだとわかるだろう。添加食品を取らないために、加工食品を避けて生活する方が困難と言える。 また、現代の多くの人が従っている食事法では一部の栄養素が不足しがちであるため、サプリメントなどで補う必要があるという呼びかけもあり、ビーガンでない多くの人が日常的にサプリメントを摂取している。ある調査では、20代以降の全ての世代で、半数以上が健康食品やサプリメントの摂取経験があり、最も利用が多い成分の上位にビタミンB群が含まれている。

さらに言えば、家畜のビタミンB12の不足は深刻であり、肉や乳製品それ自体が、B12を含めたサプリメントを与えて育てられた動物の死体や体液である場合が多い。世界で生産されるビタミンB12サプリメントの90%は、家畜に与えられていると概算する研究者もいる。直接サプリメントを通して摂取することと、サプリメントを与えて育てた動物の死体から摂取することを比べ、前者が特別に受け入れがたいものであるとする理由があるだろうか?

 ・別の回答はVegan Sidekickの回答を参照

┗タンパク質は?


Vegan Sidekickの回答を参照

4.価値観を押し付けないでくれないか?



・押しつけとは、相手の意思を無視して何かを力づくで受け入れさせたり、行わせたりすることであって、ある道徳的見解を表明し、事実を示すことで相手を説得しようとする行為は押しつけとは異なる。 むしろ、商業的な利益のために、他者を強制的に出生させ、自由を奪い、苦痛を与え、殺害する畜産や、味覚の欲求のために動物性食品を消費し、それを支持することこそ、押しつけとして糾弾されるべき行為である。より詳しくはVegan Encyclopedia - おしつけ【押しつけ】を参照

 ・Vegan Sidekickの回答を参照




5.食べるものに困ってる人のことを考えたら?



・ビーガンが(基本的には)菜食を選択するのは、贅沢を言っているのではなく、被害者となっているものたちを苦痛から解放するためである。 また、畜産は(消費する食糧の量を単純計算すれば)飢餓の第一原因ともいわれており、飢餓問題を懸念するなら、ビーガンになることが最も合理的な選択である。

Redefining agricultural yields: from tonnes to people nourished per hectare.(農業生産力の再検討)
Cassidy, Emily S., et al. Environmental Research Letters 8.3 034015. (2013).
  • 世界では作物によって100億人から110億人を養えるだけのカロリーが生産されているが、著しい割合が家畜の餌として消費されている。
  • 作物のカロリー消費のおおまかな内訳は、55%が人間の食事、36%が家畜の食事、9%がバイオ燃料や工業生産品。

 より詳しくはVegan Encyclopedia - きが【飢餓】を参照


6.全員がビーガンになったら持続不能では?



・畜産は土地、水質、大気汚染や熱帯雨林消失、それらに伴う気候変動など、あらゆる種類の環境破壊の主要な原因であり、増大する人口も考慮すれば、むしろ動物性食品の消費を減らすことが持続可能性を確保するための絶対条件となっている。例えば次の報告を参照:
What You Need to Know in 12 Charts (持続可能な食事:あなたが知る必要のある12のチャート)
World Resources Institute. Sustainable Diets, (accessed December 8, 2018), https://www.wri.org/blog/2016/04/sustainable-diets-what-you-need-know-12-charts, (2016)
  • 牛肉の生産には豆類などの一般的な植物由来のタンパク質源よりも20倍以上の土地を必要とし、食べられるタンパク質1単位あたりで、20倍以上の温室効果ガスを排出する。
  • 南極大陸を除く地球の陸地の4分の1は、放牧に利用されている
  • 動物性のタンパク質源は植物性のタンパク質源と比べ、圧倒的に環境負荷が大きい傾向にあることに加え、環境負荷が小さいものは、価格も低い傾向にある。
・2019年7月にnatureに掲載された研究によれば、ソ連崩壊によりその地域の畜産業が縮小したことにより、炭素排出量の著しい削減が起こったとされ、畜産の撤廃が温室効果ガス排出の劇的な削減につながるという今後の予測は、過去の裏付けをもって改めて支持される形となっている。

その他日本語で読める参考記事:
  『肉食量を減らすことが気候変動の対処に不可欠.あらたな調査による報告』ガーディアン紙 2014/12/3
『肉食は生物種の絶命を速める,研究結果が警告』サイエンス誌 2015/8/11
『地球環境の保護のため、肉に課税をすべき、王立国際問題研究所が提案』telegraph 2015/11/23
『畜産を主要な原因とする大気汚染で毎年300万人以上の死者.対策を講じなければ2050年までに死者倍増か』Science 2015/9/16 
【環境】『カーボンフットプリントの大きい食べ物トップ10』Business Insider 2015/9/19

Vegan Sidekickの回答を参照

7.動物を食べるのは自然なこと/昔から食べてきたからいいのでは?



・「自然」という言葉が何を意味するのかをまず明確にしないといけない。自然であるということが、野生の動物の間で一般的に行われていることだというのなら、レイプや同種の殺害も承認されることになる。「昔から行われてきたから…」という理由による正当化の試みも同様の結論に行き着く。

・いずれにしても、自然であることは必ずしも正しいことを意味しない。より詳しくはVegan Encyclopedia - しぜんしゅぎてきごびゅう【自然主義的誤謬】を参照

・ちなみに、「ホモ・サピエンスは雑食動物であるから、植物性のものしか摂取しないのは不自然だ」という主張もしばしば見られるが、雑食動物であるということは、動物性のものも植物性のものも両方摂取できるという意味であり、雑食動物のホモ・サピエンスが植物性のものしか食べないことも、この文脈の意味において全く自然なことである。

┗人間も自然の一部だから、その行いをやめさせようとするのは間違いでは?


・その観点から言えば、それをやめさせようとする行為も自然だ。もともと自然という言葉で物事の階層を曖昧にしておきながら、自分に不都合な行為だけスパッと線を引いて区別することは出来ない。

関連:ヒト以外の動物は道徳や権利なんて認識しないから自己満足では?

┗肉食によって人類の脳の発達が促進されたのだから、肉を食べるべきなのでは?


単純に前提と結論が結びついていない。現在のヒトゲノムを形成してきた進化の歴史上で、肉食によって人類の脳の発達が促進された時期があったということが事実であったとしても、「よって、現在その進化の産物であるヒトの個体は、肉を食べなければならない」という論理が成り立つと本気で信じているなら、基本的な論理を学びなおしてきた方がいい(あるいは生物の進化についても大きく誤解してるかもしれない)。もし栄養素の話がしたいのならQ.3の回答を参照。


8.ヒトラーも菜食主義者だったらしいけど?



・そもそもの話、ヒトラーが菜食主義者であったことは史実ではない

・次に、ヒトラーが菜食主義者であったところでビーガニズムの正当性とは何のかかわりもない。ビーガニズムとは反差別運動であり、ユダヤ人差別の象徴ともなっているヒトラーが仮に菜食主義者であったところで、定義からして彼はビーガニズムの精神とは相容れない(単純に、たとえ肉を食べなくとも他の動物製品を消費していた時点でビーガニズムに関する議論としては論点を外していることも指摘しておく)。

つまり、「ヒトラーも菜食主義者だった」という主張が、ビーガン→菜食主義者という誤解から、菜食主義者は危険だという主張につながるという意図に基づくものだとするなら、ヒトラーのような振る舞いをした時点で定義からしてビーガンではないため、例え最初の誤解には目をつむったとしても、ビーガンへの批判として完全に的を外している。

・ちなみに、ホロコーストの犠牲者数は諸説あり、ばらつきがあるが、多くても600万人ほどと見積られている。一方屠殺場では今でも5秒ごとに1万5千の動物が殺されており、ヒトの食事のために、屠殺場で行われるだけで、毎年1500億匹が殺害されている。

・  Vegan Sidekickの回答を参照

・ちなみに、ゴドウィンの法則と呼ばれる次のような法則がある: 「オンラインでの議論が長引くほど、誰かがヒトラーやナチスを持ち出す確率が1に近づく」

9.作物の栽培でも動物が犠牲になるのでは?



・ビーガニズムの定義は "食品や衣服、その他いかなる目的のためであっても、動物に対するあらゆる搾取と残酷行為を、可能で実践できる限り排除する生き方" である。 

もしビーガニズムが広まることで、現在畜産動物とされている動物の犠牲が減る一方で、虫や野ネズミなどの犠牲が増えるというのであれば、この指摘ももっともなものかも知れない。 

しかし、作物の栽培にも犠牲は出るかもしれないとしても、当然肉とされる動物も作物を食べ育てられるのであり、1kgの肉を生産するのに7kgから10kgほどの穀物が必要とされると言われている。また、家畜の育成のために広大な土地が開拓され、より多くの動物たちの生息地が破壊されている。 

それらを考慮すれば、我々が生存する上で、犠牲を最小にする選択としてビーガニズムが最も理にかなっていることに疑いはなく、ビーガニズムという選択にいかなる矛盾もない。 

しかし、野生動物の苦しみを生じさせること自体は無視すべき問題ではなく、我々は、ビーガンになった上で、より犠牲が少ない効率的な食糧生産の方法を積極的に推進していくべきである。 

参考:

http://www.unccd.int/en/programmes/Thematic-Priorities/Food-Sec/Pages/Wors-Fact.aspxhttp://ww-wwds.worldbank.org/servlet/WDSContentServer/WDSP/IB/2004/02/02/000090341_20040202130625/Rendered/PDF/277150PAPER0wbwp0no1022.pdf
http://www.savetheamazon.org/rainforeststats.htm

 関連: 『19.アクシデントを含め、犠牲をゼロにすることはできないから、ビーガンになっても無駄では?』

10.ビーガンが増えたら畜産関係者が職を失うのでは?



・かつて欧米を中心として、奴隷商売が当たり前に行われており、奴隷を売買して生活している人が多くいた(今でも一部の地域で存在している)。だからと言って、奴隷制度に反対し、彼らの職を奪った人たちのしたことをあなたは間違っていたと考えるのだろうか?あるいは、あなたは買い物に行くたびに、経営難にある企業のリストでも持って出かけるとでもいうのだろうか? 近年、喫煙の害が認識されるにつれ、喫煙者の数は減少しており、もしかしたら近い将来、喫煙文化自体が完全に消滅するかもしれない。あなたはそれに伴うタバコ産業の消滅を危惧して、多くの人がタバコを吸い続けなければならないと主張するだろうか? もしそうでないというなら、畜産に限ってそのような論理を持ち出すのは誠実な態度とは言えない。

普段生産者のことなど何も考えず好きなものを好きなように買い物しておきながら、都合の良い時だけ特定の産業の従事者を守るようなポーズを取るのは「偽善」である。
偽善:本心からでなく、うわべをつくろってする善行。

動画:リチャード・ドーキンス 文明人で奴隷制を容認する者はいない。ではなぜ動物への残酷行為は受け入れるのか?(日本語字幕付き)

┗ビーガンは畜産関係者を差別してるのでは?



・ビーガニズムの定義 「食品や衣服、その他いかなる目的のためであっても、動物に対するあらゆる搾取と残酷行為を、可能で実践できる限り排除する生き方」 に、ヒトでない動物に対象を制限するということは含まれていない。ゲイリー・フランシオン(Gary L. Francione)の提唱する廃止論的ビーガニズムは、この点をアプローチにおける原理の一つとして明示している: 

「廃止論者は、種差別と同様に、人種差別、性差別、異性愛主義、年齢差別、障害者差別、階級差別を含む、あらゆる形態のヒトに対する差別を拒絶する」。

すなわち、もし仮にビーガンを自称するものが上記の差別に該当するような言動をしていたら、その人は実際にはビーガニズムの思想を共有している人ではないとみなしていいだろう。 

ビーガニズムには、最近より多くの注意を向けられるようになってきた畜産業従事者の問題も元々含まれている。日本での部落差別と畜産業の関係は良く知られているが、海外でも畜産業従事者の多くが貧困者や移民など社会的抑圧を受けやすいものであったり、畜産によって生じる糞尿処理施設が貧困層の居住地区の近くに偏って設置されていたりするなど、畜産問題は直接人間間の不正義にも関連している。そしてそれを押し付けてきたのはビーガンではなく、動物製品を消費するものたちであることは理解しないといけない。そのため、ビーガニズムは人間の解放でもあるという見方を強調するものもいる。

また、イスラエルがビーガン先進国となっている理由はホロコーストの歴史があるからだと言われてる。被差別者であったユダヤ人たちの多くは、自分たちが差別する側に周りホロコーストを繰り返すことを拒んでる。もしあなたが差別や抑圧の経験者であるなら、彼らを見習い、被害者は自分だけであるという意識は捨て、自分も加害者にならないよう努めるべきだろう。

"他者を害することは間違いなのです。そして一貫性の問題として、その他者が誰であるかということに制限はないのです。もし彼らが痛みと喜びの違いを認識できるのなら、彼らには害されない基本的な権利があるのです。...あなたが力こそ正義であるというファシズムを信じない限り、私たちが他者を害する権利はないのです。"―ヘンリー・スピラ、アニマルライツ活動家、ホロコースト生存者

"アイザック・バシェヴィス・シンガーが記した言葉「動物たちに対する扱いに関しては、全ての人間はナチスである」は正しいと思います。人類は、自分たちが被害者である場合はその抑圧を鮮やかに認識できます。一方で、彼らは盲目的で無配慮に他者を犠牲にするのです。"―Hacker、ホロコースト生存者、Animal Liberation Frontメンバー

  "私は、自分の家族全員が約35万人の他のポーランド系ユダヤ人と共に殺害されたワルシャワ・ゲットーで幼少時代を過ごしました。その経験が、私が動物たちのために取り組んでいることと何か関係があるのかと聞かれることがあります。それが私の動物たちのための取り組みに与えた影響は些細なものではありません。それこそ、私の動物のための取り組みの全てなのです"―アレックス・ハーシャフト、ホロコースト生存者、Farm Animal Rights Movement(畜産動物の権利運動)創始者




11.個人の自由では?



・被害者となる第三者がいる以上、個人の自由として許容されるものではない。そもそもビーガニズムとは、知覚あるすべてのものを、道徳的に配慮すべき対象として含めるべきという主張であって、彼らを第三者として考慮する必要がないと示さない限り、この個人の自由という主張では何も正当化されない。 

「ヒト以外の動物は道徳的に配慮する必要はない」という主張に関しては、『12.ヒト以外の動物は道徳的に配慮する必要はないのでは?』を参照

参考: 21.ビーガンも生活の制限を要求することで他者に苦痛をもたらしているのでは?

12.ヒト以外の動物は道徳的に配慮する必要はないのでは?/種が違うのだから当然では?



・種の違いを理由に、それを享受することができるものの利害を不当に軽視することは、人種の違いを理由に他者の利害を軽視する人種差別や、性の違いを理由に他者の利害を軽視する性差別などと同様の構造を持つ差別であり、種差別と呼ばれる。 

もし、動物の知性や社会性などを理由にそれを正当化するつもりなら、ヒトの中にも何らかの障害を原因として、他の種に属する個体よりも知能や社会性の面で劣る個体も存在するため、それらの搾取も容認されることになる。ここで、彼らもホモ・サピエンスという種の一員であるからという理由で彼らを擁護することは循環論法となる。 

より詳しくはこちらの議論、Vegan Encyclopedia - しゅさべつしゅぎ【種差別主義】を参照

ヒトの胚が痛みや恐怖を感じる能力は、成体のウシやブタと比べて乏しいものだというのは全く明白なことだ。しかし、ウシやブタはヒトでないというだけの理由で除外されていまい、ヒトの胚はヒトであるというだけで神聖視される。これは、明らかに深く非進化論的である。

"ヒトの胚が痛みや恐怖を感じる能力は、成体のウシやブタと比べて乏しいものだというのは全く明白なことだ。しかし、ウシやブタはヒトでないというだけの理由で除外されていまい、ヒトの胚はヒトであるというだけで神聖視される。これは、明らかに深く非進化論的である。"
"(ヒトがヒトであるというだけで特別な権利が与えられるという)絶対主義的な道徳的差別は、進化という事実によって根本的に根拠を突き崩される。"―リチャード・ドーキンス『神は妄想である


┗ヒト以外の動物に権利を与えるという発想には無理があるのでは?



・まず、これを道徳的権利ではなく、法的権利についての議論として捉えても、単純に事実として間違っている。すでにヒト以外の動物に人権同様の権利が付与されている判例は複数存在している。そしてこれらの判例は、道徳的権利を根拠にしたものである。 参考: http://sciencetime.seesaa.net/article/440614569.html http://sciencetime.seesaa.net/article/443715919.html http://sciencetime.seesaa.net/article/440605204.html

"ヒトと法律上の人は、これまでも、そして現在でも同義語ではない。… 例えば、生き物でないものでさえ法律上の人として認められている。米国では企業が法人であることはみな知っている。独立以前のインドではヒンドゥーの像やモスクを法人とする判決がされた。2000年にはインドの最高裁がシーク教の聖典を法人とした。そして2012年、ニュージーランドの先住民と国の間で、ある川を法律上の人と認める合意がなされている"―スティーブン・M・ワイズ(法学者)




┗ヒト以外の動物は道徳や権利なんて認識しないから自己満足では?



・彼らは道徳や権利という概念は理解しないかもしれないが、苦痛を感じる能力を持ち、利害関心を持っている。それは、ヒトの幼児や知的障害者とも同じである。すなわち、利害関心を持つ対象者自身が配慮されているという認識を持たないからと言って、配慮しなくてよいということにはならない。 

道徳的な選択として正当な意味をもたず、自己満足に過ぎないという批判が当てはまるのは、知覚も主観的意識も持たない植物に対して動物と同等の配慮をすることや、被害者には何の影響も及ぼさないにもかかわらず、感謝という言葉で動物の搾取を正当化できるというような考えだろう。 

また、権利はヒトが作ったものであるから、という主張もみられるが、正確に言えば、権利は哺乳類霊長目ヒト科ホモサピエンスという動物の一部の個体が生み出し、一部の個体たちが共有する概念に過ぎない。よって「ヒトが作った」ということだけを理由に、それを「動物」や「哺乳類」ではなく、「ホモサピエンス」のみに適用することは明らかに恣意的である(そして一つ上で示したように、すでにヒトでない動物にも権利は与えられている)。

 これ以降の議論はVegan Encyclopedia - しゅさべつしゅぎ【種差別主義】を参照

13.ビーガニズムは宗教じゃないの?



・ビーガンの中には、スピリチュアルなどの神秘主義に傾倒したものもいる。しかし、ビーガニズム自体は客観的事実を無視したり、超自然的思想を抱くこととは無関係である。むしろ、ホモサピエンスは特別な道徳的価値を内在しているとか、肉を食べないとタンパク質を摂れないとか、植物にも主観的感覚があるとか、根拠のない信念を基に動物の搾取を続けることの方が、信仰と呼ばれるにふさわしい。

 また、欧米ではむしろ、新無神論と呼ばれる現代の無神論の流れを牽引するリチャード・ドーキンスサム・ハリスマイケル・シャーマーらなどが、ヒト中心主義的道徳観は、理性的に正当化不能であるとして、ビーガニズムの道徳的優位性を認めている。

  "(ヒトがヒトであるというだけで特別な権利が与えられるという)絶対主義的な道徳的差別は、進化という事実によって根本的に根拠を突き崩される。"―リチャード・ドーキンス、『神は妄想である

  "アニマルライツと無神論の繋がりは、対話に進化論を持ち込み、人類の性質に関する超自然的宗教信仰をすべて取り去ってみれば、直ちに明白になることだ"―マイケル・シャーマー,『Animal Liberation and Atheism』のレビューより

参考:『リチャード・ドーキンスとピーター・シンガーの対談

14.感謝して食べているからいいのでは?



・感謝してレイプすれば、被害者の苦しみが軽減されたり、道徳的責任が回避されると考えるだろうか?感謝や供養などのパフォーマンスを加害者側がいくらしようが、被害者の苦しみには何の影響も及ばされない。


"この問題を動物の立場からみてほしい。被害者の視点で考えてほしい。自分が被害者ではないとき、自分の視点だけでは判断しないでほしい。なぜなら、自分が被害者でないときには、残虐性を合理化し、言い逃れをすることは簡単だからだ"―ゲイリー・ヨーロフスキー




15.犠牲を出したくないなら山にこもってればいいんじゃないか



・動物解放運動は、自分が残酷な行為に関与したくないというだけの話ではなく、人の手によって苦しめられている動物たちを救おうという運動である。そのためには、社会の中から働きかけシステムを変革する必要がある。

┗ビーガンだって動物産業によって成り立つ社会に生かされてるのだから、矛盾しているのでは?


・奴隷が一般的だった時代に、奴隷解放を訴えて立ち上がったものに対し「あなたも奴隷によって成り立つ社会に生きているのだから、その中で奴隷解放を訴えるのは矛盾している」と非難することは正当だと思うだろうか?あるいは、男性中心的な社会の問題を指摘し、女性の地位向上を訴える女性に対し、「これまで男性中心のシステムで構築されてきた社会で生きながら、そのような訴えをするのは矛盾している」というだろうか?システムの中から見たシステムの問題を認識し指摘できるのは、システムの中のものしかありえない。全く当たり前のことである。

16.ビーガンって草ばっか食べてるんでしょ?



・それは単純に間違いだ。ビーガンがどんなもの食べてるかは、例えば以下のサイトを見てみると良い:
All About Vegan
ヴィーガンジャンク! Facebook
VEGAN SHOP FREE

┗わざわざ肉や乳製品の代替品を食べるってことは、本当はやっぱ動物製品が食べたいんだろ?



・そういうものもいるし、そうでないものもいる。いずれにしてもそれは何も問題ではない。ビーガンになっても肉や乳製品が食べたい気持ちが消えない人もいるだろう。多くのものは生まれたときから長い間その味に慣れている。しかし、その人は味覚の欲求は他者への危害を正当化しないと理解してビーガンになったのであり、味覚の嗜好はその選択の正当性をなんら無効にするものではない。 

また、動物製品の代替が開発され、ビーガンが積極的にそれらを宣伝している理由は、まさにその味覚の嗜好を理由にビーガンになることをためらっている人たちにアピールするためである。必ずしも本人自身が肉や乳製品などの代替という位置づけで消費しているわけではない。 

ただ、単純に美味しい食べ物の一つではある。中にはもともと肉や乳製品の動物臭さが苦手で菜食主義者になったという人も、大豆ミートや植物性ミルクは好きだという人もいる。ぜひお試しを。

ノンビーガン:ビーガンって草みたいな食べ物ばっか食べてるんでしょ?食の楽しみが減るのは耐えられないからビーガンにはなりたくないね。
ビーガン:(代替製品を紹介する)
ノンビーガン:なんでわざわざそんなもの宣伝してるの?ビーガンって意志が弱いんだね
ビーガン:uhhh....(白目)

 

┗ビーガンは母乳も反対なんでしょ?



・これは「ビーガニズム=完全菜食主義」という完全なる誤解に基づいたものだろう。ビーガニズムの一般的な定義は "食品や衣服、その他いかなる目的のためであっても、動物に対するあらゆる搾取と残酷行為を、可能で実践できる限り排除する生き方" であって、必ずしも菜食主義者であることを要求しない。母乳は通常、乳製品のように女性を脅したり傷つけたりして得るものではなく、女性が乳児に自発的に与えるものであるため、この定義に反することは何もない。 

現在では、動物に害をもたらさずに得ることの出来る動物性食品というのはほとんどないため、必然的に菜食主義になることが基本ではあるが、培養肉などが普及すれば、肉を食べながらビーガンでいるなどのことも当たり前に可能になる。

17.我々が食べなければ、そもそも家畜は存在/存続することができないのでは?



・これに対する哲学者デイヴィッド・ベネターの回答は
  "肉を食べることを弁護する特に粗末な議論の一つは、人間が動物を食べなければ、彼らはそもそも存在を得ることができなかったというものだ。人間は、ただ単に彼らの数を増やすようなことはしなかっただろうということである。この主張は、それらの動物たちは殺されるけれども、そのコストよりも存在を得ることの利益の方が上回るというものであるが、これは多くの理由でぞっとさせる議論である。まず、それらの動物たちの多くの一生はとても酷いものであり、もし[存在を得ることは常に危害であるという]私の議論を退けたとしても、依然として彼らは存在を得ることによって危害を被っていることを考えなければならない。次に、この議論を持ち出すものは、食べられるためだけに存在を与えられるということが、人間の赤ん坊にも容易に適用されることを見落としている。この場合には、食べ物とされるためだけに存在を与えられることに利益がないことは全く明らかだろう。この議論に何らかの効力があると考えられているのは、動物を殺すことが容認可能なものであると考えられているからに過ぎない。実際にはこの議論は、食べ物とするために動物を殺すことが容認可能であるという(誤った)見方に何かを付加するものではない", 『Better Never to Have Been: The Harm of Coming into Existence』 
これは畜産動物に限らず、少なくとも商業的に利用するために存在を与えられる全ての有感生物について言える。

・ある生物種の保護を目的とする場合、その種に属する動物を搾取の対象としなければならない、という理由はない。他にいくらでも人道的な保護の方法がある。

・一つ前提として強調しておかなければならないことは、利害を持つのは「個体」であって、「種」や「集団」ではないということだ。配慮されるべきは個体の利害であって、種の存続はそれとは直接的に関係がない。種という抽象的な概念に利害を帰属するのはカテゴリミステイクであるが、ある研究によれば、宗教的な信仰心が強い人ほど、非意識的対象を擬人化せずに理解する能力が乏いそうである。そのことも考慮して、自分の見解を冷静に見つめなおしてみるといいだろう。

価値の源泉として意識的存在者の経験と全くもって無関係なものを思い浮かべ、…これがもたらす帰結を少し考えて見てほしい.この代替がどんなものであれ…それはいかなる生物の経験に影響を与えることは出来ない…あなたが得るものは、定義からして宇宙で最も関心の惹かないものあろう。
価値についての問い、すなわち意味や道徳や生涯のより大きな目標についての問いは、実際には意識を持つ存在のウェルビーイングに関する問いである。したがって、価値は科学的に理解可能な事実へと変換される。―サム・ハリス『The Moral Landscape

家畜化された動物の大多数にとって、 農業革命は恐ろしい大惨事だったという印象は免れない。彼らの進化上の「成功」は無意味だ。絶滅の瀬戸際にある珍しい野生のサイのほうが、肉汁だっぷりのステーキを人間が得るために小さな箱に押し込められ、太らされて短い生涯を終える牛よりも、おそらく満足しているだろう。満足しているサイは、自分が絶滅を待つ数少ない生き残りだからといって、その満足感に水を差されるわけではない。そして、牛という種の数の上での成功は、 個々の牛が味わう苦しみにとっては、 何の慰めにもならない。―ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福

┗家畜の絶滅は生物多様性の保護の理念に反するのでは?



・生物多様性の保護に熱心な人は、この事実を認識するだけでいい。すなわち、現在起こっている地球第六の大絶滅の主要原因は畜産である、という事実である。例えばアマゾンの森林破壊の80%以上は牛の放牧が目的であり、それによって、それらの地域では過去50年で森林の17%がすでに失われている。このままのペースで森林破壊が続けば、十年ごとに、地球上の全生物種の5%から10%が絶滅に至り、次の25年で、28,000種が絶滅すると予測されている
  "若干空想的な言い方をすれば、あなたはステーキを食べることでマダガスカルのキツネザルを殺し、鶏肉を食べることでアマゾンのオウムを殺していると言える"―ギドン・エシェル(環境物理学者) 『肉食は生物種の絶滅を速める,研究結果が警告』サイエンス誌 2015/8/11
あなたが、生物多様性は誰かを拷問し殺害してまでも守らなければいけないものだと本気で信じているのなら、ビーガンかノンビーガンか、その信念と辻褄の合う態度がどちらなのかは明らかだろう。

┗家畜の種の保存の本能を無視するのか?



・単純に、「種の保存の本能」などというものは存在しない。生物が種の保存の本能に従って行動するという見方は、「ナイーブな群淘汰理論」と呼ばれ、生物学的に否定されている。

・ありえないが、仮に「種」というそれ自体で利害を持たない概念の保存を優先するような本能、あるいは現に存在するような、自身の遺伝子の伝播を優先するような傾向があったとしても、それに従った行動を促す方が各「個体」のウェルビーイングにとって不利益となるなら、それを支持すべきという理由はない(17の回答の最後にあるハラリの引用を参照)。



18.売られている肉はすでに殺された動物だから、食べても食べなくても同じでは?


・もちろん、ビーガンは目の前にある肉を食べないことで、遡ってその動物を救えると考えているわけではない。動物製品の消費をボイコットして、それを広めることによって、今後の動物の犠牲を減らし、動物の利用を根絶することを目指しているだけである。もしビーガンがすでに処理されたものだからと言って購入して食べていたら、消費の減少に繋がることはない。また、他人に振舞われたときもなるべく避けるべきであるという理由は、ビーガンも出せば結局食べるという認識をされたら、周囲の意識を変えることにもつながりづらくなるためである。

19.アクシデントを含め、犠牲をゼロにすることはできないから、ビーガンになっても無駄では?


・あなたは、交通事故をゼロにはできないから、何人轢き殺しても同じだと考えるだろうか?毎年560億以上の畜産動物が人間による消費のために殺されている(すなわちそれ以上の数が生み出され、悲惨な一生を送っている)。海洋動物を加えれば、その桁は一桁も二桁も上がる。すなわち食事による消費だけに限っても、究極的にはこれだけの犠牲を減らすことができる。 

ある製品を動物の犠牲を介して生産されているものと知らずに消費してしまうこともあるが、それはビーガニズムを退ける理由にはならない。むしろそういった可能性を減らし、よりビーガンというライフスタイルを簡単にするためにも、可能な限りそのような製品を避けて生活するよう心掛けるのが大切であり、それ自体がビーガニズムの目的でもある。 

よって、可能な限りの努力をしながらも完璧に動物製品を避けられていないという理由で、ビーガンを矛盾していると批判することは出来ないし、あなたが確実に避けえる動物製品を意図的に消費したり、ビーガンにならないで済む理由にもならない。 

改めで強調すると、犠牲をゼロに出来ないからと言って、意図的にどれだけの数を、どれだけ苦痛を生じさせる方法で殺しても同じということには決してならない。


"みんな完璧じゃない.だがそんなことは最低限ビーガンになってから言ってくれ"―Mistro - The Holocaust



20.人工的環境下で飼育される動物も苛酷な自然で過ごすよりマシでは?



・まず、畜産動物がどのような環境下で飼育されているかを直視してほしい。



その後で言えることは、選択肢は「彼らを人工的な環境下で飼育するか」それとも「彼らを自然界で生かすか」ではない。正しくは「彼らを人工的な環境下で飼育するか」それとも「そもそも彼らに存在を与えないか」である。 

彼らの種が絶滅に至ることを危惧するなら『家畜の絶滅は生物多様性の保護の理念に反するのでは?』を参照

21.ビーガンも生活の制限を要求することで他者に苦痛をもたらしているのでは?



・まず、ビーガンはノンビーガンが(家畜などに対して)行っているように、他者から強制的に自由を奪っているわけではないことは改めて確認しておこう。(必要であれば『4.価値観を押し付けないでくれないか?』参照) 

あなたが必ずしも必要でない余剰の快楽を得る自由は、不要な危害を受けない自由より優先されない。つまり、レイプ犯の快楽のために、レイプ被害者の基本的な自由を無視してよいということにはならない。

  "あなたに拳を振り回す権利があるのは、誰かの鼻先の直前までだ。"―出典不明

参考: 11.個人の自由では?

22.ベジタリアニズム(菜食主義)とはどう違うの?



・菜食主義は、動機を問わず動物性のものを、(場合によっては部分的に)食事から排除する生活スタイルを指す。一方、ビーガニズムは種差別への反対として、食事のみでなく、あらゆる形での動物の利用をボイコットする社会正義運動である。今後、動物の利用を介さない培養肉などが普及すれば、ビーガニズムと菜食主義の違いはより明確になるかもしれない。(ただし、培養肉が完全にanimal-freeになるのはまだ先のことと考えられる。その具体的な理由については『培養肉を巡る倫理的問題とその改善可能性』参照)

23.戦闘的ビーガニズムとはなに?



・欧米を中心に、新無神論と呼ばれる無神論の流れが勢いを増している。長年、一神教社会において、無神論者であるというだけで偏見の対象となり、不合理な考えを持って、合理的な思想が抑圧されてきた。この伝統への対抗として、積極的に無神論者であると公言し、不合理な考えには断固とした態度を貫いていこうという考えが、新無神論あるいは戦闘的無神論と呼ばれるものである。


ビーガニズムも同様に、多数派の不合理な信念によって抑圧と偏見にさらされてきた。そこで、ビーガンも戦闘的無神論者同様に、積極的な態度を持って不合理な信念に対抗していこうという考えが、戦闘的ビーガニズムである。 

新無神論とビーガニズムには実際に強い結びつきもある。それについては13.ビーガニズムは宗教じゃないか?を参照

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